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小豆長光 – 刀剣特集 – 日本の名刀をご紹介

 

【小豆長光の歴史と概要】

 

小豆長光(あずきながみつ)は鎌倉時代に作られたとされている太刀だよ。
この小豆長光は上杉謙信の愛刀としても広く知られており、現在の所在は分かっていないんだ。

 

この小豆長光は鎌倉時代に備前で活躍していた長船派の刀工・長光が作ったもの。
長光は長船派の祖として知られている光忠の実子であり、古刀期の中で在銘作が多い刀工としても知られているよ。
謙信は特に備前刀を好んで用いていて、特に小豆長光の作者である長船長光や長船兼光作の刀を愛してたくさん所持していたそう。

 

刀剣レモン
刀剣レモン
謙信景光と同じでこれも上杉謙信の刀だったんだね〜

次に小豆長光の来歴をまとめてみよう。

 

<越後の百姓から上杉謙信の家臣が買い取る>

元々小豆長光は越後の百姓が所持しており、その刀が名刀に違いないと見込んだ上杉謙信の家臣・竹俣三河守が百姓から買い取ったよ。

 

<上杉謙信>

上杉謙信は小豆長光をこよなく愛し、佩刀していたそう。

 

<足利長尾家>

伝来の経緯は分かっていないものの、小豆長光はその後に足利長尾家に伝来したと言われているよ。

 

<近代>

近代には足利長尾家の菩提寺である長林寺に預けられていたんだ。
明治18年(1885年)10月5日に長尾家の関係者が長林寺を訪れて舞沢玄龍住職に充てた預り証などが遺されているの。

しかし、まもなくして長尾家関係者が再び長林寺を訪れて「宝刀は返却してほしい」と言い、小豆長光を持ち出してしまったんだ。

昭和42年(1967年)夏には、長尾家関係者が再び長林寺を訪れて、先祖が小豆長光を売却したと言い、記念として小豆長光の写真を置いていったの。
その写真にはシカの角の刀架に刀と鞘が架けられていて、箱書きには長尾家当主の世襲名「長尾八郎」の文字が書かれていたよ。
現在、小豆長光の所在は不明となっているの。

 

刀剣レモン
刀剣レモン
売却しちゃったって。。。今はどこにあるのやら。。

 

 

【小豆長光の作風】

 

小豆長光の所在は不明なため、詳しいことがよく分かっていないんだ。

謙信の跡を継いだ上杉景勝が自ら記した「上杉景勝自筆腰物目録」には小豆長光という名の刀は登場しないため、小豆長光に関する逸話は別の刀の逸話が混じっている可能性が高いんだ。
いくつかの逸話をまとめてみよう。

 

・竹保兼光

常山紀談では、小豆が割れる逸話は「竹俣兼光」であるとしているんだ。
この逸話は、文政8年頃に刊行された「絵本甲越軍記」などでも踏襲されていて、「第九十四回 小豆長光之伝」には、「竹俣兼光」の逸話として伝わる「小豆」「竹俣」「偽物騒動」などの逸話が続いているよ。

 

竹保兼光は謙信の死後、景勝に伝わるものの、京都にこの刀を研ぎに出したところ偽物騒動に巻き込まれ、天正14年(1586年)には豊臣秀吉に召し上げられてしまうんだ。
大坂落城の際に、竹保兼光は行方不明となって、徳川家康が金300枚を出す条件で探させたものの、結局見つからなかったんだ。

 

この竹保兼光は太閤御物となっていた記録があり、それによると「備前長船兼光 延文五年六月日」と銘が入っていたそう。
逸話から考えて竹保兼光と小豆長光は同一ではないか?と言われているの。

 

 

・小豆欠け長光

「小豆欠け長光」は上杉謙信の愛刀の異名で、「本阿弥光悦押形」に所載しているの。
そこには「長光」と二字銘の太刀の図を揚げ、「あつきかけ 長サ三尺五寸八分 うさみとのより」と注記してあるよ。

「あつきかけ」は赤小豆欠けという意味で、「うさみとのより」は、上杉家の重臣「宇佐美殿より」という意味なんだ。
小豆が真っ二つに割れた逸話があることから、この小豆欠け長光は小豆長光と同一ではないか?と言われているよ。

 

 

・赤小豆粥(あずきがゆ)

赤小豆粥は上杉謙信の愛刀の異名で、相州行光説と備前長光説があるんだ。
相州行光説では、天文16年(1547年)10月19日に、川中島の戦いにおいて、上杉謙信が長尾家重代とされる赤小豆粥を佩刀。
三尺一寸(約93.9cm)、黄金造りで、丸鞘の太刀を揮って、武田勢を斬りまくったと言い伝えられているよ。

 

備前長光説では、刃長二尺五寸(約75.8cm)で、赤銅造りの太刀。
この刀で武田信玄と信玄の弟・左馬助信繁を斬ったと言われているよ。
「本阿弥光悦押形」を見ると備前長光の押形に、「あつきかけ 長サ三尺五寸八分 うさみとのより」と注記があるんだ。

 

実際に見ることができない小豆長光に関しては、刀身の情報がとても少ないよ。

 

刀剣レモン
刀剣レモン
実際に所在が分からないんだから。情報も少ないよね!そりゃそうだよね!

 

【小豆長光の豆知識】

 

小豆長光のエピソードや豆知識をまとめてみるね。

 

 

<小豆長光の名前の由来とは?>

 

上杉謙信の愛刀として有名な小豆長光だけど、名刀からは連想しにくい号を持っているよね。
では小豆長光という名前の由来は何なんだろう?

号の由来については諸説あり、定説はないとも言われているよ。
諸説あるからそれぞれまとめてみよう。

 

・こぼれた小豆を真っ二つにした説

上杉謙信が所持する前、この刀は元々越後の百姓が持っていたと言われているの。
百姓がこの太刀を腰につるして、小豆を袋に入れて担いで歩いていたところ、袋の破れ目から小豆が漏れ出してしまい、小豆が当たって刀の鞘が割れてしまうんだ。

割れた鞘からは刃が出てしまい、落ちていく小豆が刃先に触れたその瞬間に、こぼれた小豆は真っ二つになったの。

その一部始終をたまたま見ていた上杉謙信の家臣・竹俣三河守はこの太刀は名刀に違いない!と思い、その太刀を百姓から買い上げることにしたよ。
家臣・竹俣三河守から上杉謙信に献上されたこの太刀は、茎に「長光」の銘があることから、「小豆長光」と名付けられたんだ。

 

 

・脳髄(なづき)を一刀両断にした説

他の説としては、脳髄(なづき)を一刀両断にしたことから由来するという説もあるよ。
小豆は脳髄など頭を示す古語である「なずき」の転訛であり、頭を真っ二つにかち割った刀であることが由来という説なんだ。
古語で「なずき」は脳のことで、東北の方言では「額」、江戸では「頭」のことを指していたよ。

 

死体の試し切りでも、頭を縦に切り割ることを「小豆割り」と呼ぶことから、小豆長光に関してもその意味で使われているのでは?と言われているよ。
この小豆割りは、頭部だけを正面から縦に切り割る試し切りの部位の名で、眉間割り、真向うとも呼ぶよ。
さらに頭部だけではなく、胴体まで斬り下げたら「あずき唐竹割り」と呼ぶんだ。

 

・長光が小豆島で打った説

この小豆長光は、刀工・長船長光が小豆島という場所で打った刀だから「小豆長光」と号が付けられたという説だよ。

 

・小豆はワズキの訛り説

上杉謙信に川中島で斬られた輪形月平太夫の姓を「ワズキ」と読み、この「ワズキ」がなまって「アズキ」になったという説だよ。

 

刀剣レモン
刀剣レモン
頭を縦に真っ二つ!?

 

<川中島での一騎打ちでも小豆長光を佩刀していた>

 

小豆長光のエピソードの中でも特に有名なのが「川中島での一騎打ち」だよ。
上杉謙信は、川中島の戦いの際にも小豆長光を佩刀していたの。

 

川中島の戦いでは武田信玄と上杉謙信の一騎打ちが行われたんだ。この一騎打ちの逸話は歴史上でも広く知られているよ。
武田信玄の陣営に騎馬で乗り込んだ上杉謙信は白手拭で頭を包み、馬上から武田信玄を数度斬り付け、それを武田信玄が軍配団扇で受け止めたの。
この時に上杉謙信が振るった刀が、この小豆長光であったと伝えられているよ。

 

さらに上杉謙信は、川中島の戦いで武田信玄の弟・左馬助信繁を斬って落としたんだ。
左馬助信繁を切り落とした刀も小豆長光なんだよ。
左馬助を唐名で典厩と称するので、それから小豆長光を「典厩割り長光」と改めたという説もあるんだ。

 

刀剣レモン
刀剣レモン
武田信玄の弟・左馬助信繁を斬った刀なり。

 

<備前刀をこよなく愛した上杉謙信>

 

愛刀家として数多くの刀剣を所持していた上杉謙信は、備前刀を好んで用いていて、その中でも特に長船長光や長船兼光作の刀を愛していたそう。
上杉家伝来の長光作の刀は、重要美術品に認定された刀だけでも5つもあるんだよ。

 

また小豆長光は創作物にも数多く登場しているんだ。
川中島の戦いにおける「三太刀七太刀」は、戦国時代屈指の名場面として数多くの創作物に描かれているよ。

小豆長光は、特徴的な逸話から謙信の愛刀の中でも代表的なものとして登場することが多いの。
しかし、その実態に関してはよく分かっていない部分も多く、調べれば調べるほど闇の中に消えてしまうとも言われているよ。

 

 

<小豆長光を作った長船長光とは?>

 

小豆長光を作った刀工は、鎌倉時代後期に活躍した備前国長船派の長船長光だよ。
長船派の開祖と言われている長船光忠の実子とされていて、古刀期を代表する刀工として在銘の作品を数多く残しているの。

古刀期の名刀工の中でも、最も多くの名作を後世に遺しており、国宝に指定されている「大般若長光」「津田遠江長光」「熊野三所権現長光」など有名なものが数多くあるよ。

 

長光の作は、父から受け継いだ華麗な丁子乱刃から直刃まで、作品の幅がとても広いんだ。
また彫刻も上手で、行の剣巻き竜の腹が、孕んでいるかのように膨れているのが特徴。

銘は「長光」の二字銘のほかにも、「備前国長船住」などと居住地を明記したものや、「左近将監長光」と銘したものなどがあり、「左近将監」の銘は長光の後期作に属しているんだ。

長光が備前長船の名を高めた第一人者なんだよ。
また、備前長船の中でも長光、弟の真長、子の景光の3人に共通する帽子のことを「三作帽子」と言い、古来より「長船三作」と呼ばれた3名工でもあるの。

 

 

<小豆長光は上杉景勝の時には名前が変わっていたかも?>

 

 

小豆長光の行方は現在分からないんだ。
謙信が大切にしていた小豆長光はいったいどこに消えてしまったんだろう?

謙信の跡を継いだ上杉景勝が自ら記した「上杉景勝自筆腰物目録」には小豆長光という名の刀は登場しないんだ。
長光作の刀を調べてみると、目録には高木長光、日光長光、高瀬長光、久世長光、新身長光の5口があり、号のつかないのは新身長光だけなの。

 

景勝の自筆腰物目録から推測すると、小豆長光は謙信の時代に誰かに送られたか、失われたか、別名となっているか、別物と混同している可能性が考えられるよ。

ただ、小豆長光は謙信の代表的な刀なので、謙信が生前に誰かに譲渡したのであれば、その履歴がどこかに記述されるだろう・・と推測できるよね。
どこにも記述がないのは不自然なので、別の号に代わっている可能性が高いのでは?と言われているよ。

 

刀剣レモン
刀剣レモン
上杉景勝自筆腰物目録に記載されていないのはおかしいですからね〜
刀剣レモン
刀剣レモン
真相は闇の中に。。。な刀ですな。

 

 

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(公式サイトより引用)

 

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