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日光一文字 – 刀剣特集 – 日本の名刀をご紹介

 

【日光一文字の歴史と概要】

 

日光一文字(にっこういちもんじ)は鎌倉時代に作られたとされる日本刀で、日本の国宝にも指定されているよ。
また刀身だけではなく、刀を収めていた蒔絵箱も国宝の附として指定されているんだ。

現在は福岡市が所有しており、福岡市早良区の福岡市博物館に所蔵されているよ。

日光一文字は、福岡一文字の刀工によって13世紀に作られた刀なんだけど、無銘のため刀工の個名については分かっていないんだ。

 

刀剣レモン
刀剣レモン
蒔絵箱も国宝指定なんて素晴らしいね!

 

次に日光一文字の来歴をまとめてみよう。

 

<北条早雲>

元々は日光権現(日光二荒山神社)の宝刀だった日光一文字を小田原城主・北条早雲が譲り受けたんだ。
その後、北条氏綱、氏康と受け継がれていくよ。

 

<北条家から黒田家>

その後、日光一文字は北条家から黒田家へ渡ったんだ。

福岡藩主・黒田家伝来の書物によると、天正18年(1590年)豊臣秀吉の小田原征伐が行われたんだ。

その際に、黒田如水(黒田官兵衛)が豊臣家と北条家との和睦に尽力したことへの謝礼として、北条氏五代目・北条氏直からこの日光一文字の太刀や、「東鑑」の一部と、白の陣貝(北条白貝)を譲り受けたと言われているよ。

黒田光之が編纂した「黒田家重宝故実」の記載によると、その際に日光一文字が入れられていた葡萄模様蒔絵、黒漆塗の刀箱は現在まで伝来しているの。
本阿弥家の折紙はついていないものの、本阿弥光由は代金子で千貫以上の折紙が付くと言っていたんだ。

 

<筑前福岡藩主・黒田家>

その後長く、筑前福岡藩主・黒田家の家宝として伝来していくよ。

 

<近代>

昭和8年(1933年)1月23日に旧国宝に指定。
昭和27年(1952年)3月29日に国宝に指定。この時、黒田家14代目当主・黒田長礼が所蔵。

昭和52年(1978年)に黒田長礼氏が亡くなった後は、茂子夫人(閑院宮載仁親王の第二王女)が夫の遺志に基づいて、昭和53年(1978年)、黒田家に代々伝わる宝物、美術品を福岡市に寄贈したんだ。
現在は福岡市の所有で、福岡市早良区の福岡市博物館に所蔵されているよ。

 

 

 

【日光一文字の作風】

 

<刀身>

全長:87.8cm、刃長:二尺二寸四分弱(67.87cm)、茎長:六寸四分弱(19.39cm)、反り:八分弱(2.42cm)、元幅:一寸六厘(3.21cm)、先幅:七分四厘(2.24cm)、鋒長:一寸六厘(3.21cm)、元重:二分厘(0.67㎝)、先重:一分五厘(0.45cm)、茎反り:わずか
身幅は元先共に広く、猪首切先と鎌倉時代中期に流行した姿かたちを表しているよ。
重ねはやや薄目であるものの、堂々とした太刀姿をしているの。

 

造込みは鎬造りで、庵棟、腰反はやや高く、踏ん張りがつく。
鍛えは小板目に杢目まじり、よく詰み、地沸つき、乱れ映り立つ。

 

刃文の上半分は大丁子乱れ、重花丁子に蛙子丁子、小丁子、飛焼など交じり、匂口深く締まりごころとなる。
下半分は小沸を交えて、足・葉よく入り、匂い口冴えて変化に富み、華やかな出来である。
表裏には大きく腰刃を焼いているよ。
重花丁子を交えた極めて華麗な刃文は、備前福岡一文字派の得意の刃文なんだ。

 

帽子は先小丸で、乱れ込んで浅く返る。
茎は生ぶで、無銘で形状は雉子股形に先は浅い刃上がり栗尻となり、鑢目は筋違いで目釘穴は三つ。
地刃ともに冴えていて、福岡一文字派を代表する名刀の1つで、第一級品だよ。

健全であり、その華やかな作風からファンが多い日本刀なんだ。

 

<外装>

・拵

日光一文字の拵は現存していないんだ。
江戸時代初期に福岡二代藩主・黒田忠之が山城国にて活動していた刀工・白銀師であった埋忠明寿へ拵を依頼するにあたり、へし切長谷部の拵と少しも違わない同じものを注文する注文状が遺されているよ。
ただし、現存するへし切長谷部の拵も書状に記載されている内容とは異なっているため、お揃いとして作られた日光一文字の拵がどのような物だったかについては不明なんだ。

 

・付属品

黒田如水(黒田官兵衛)へ日光一文字が贈られた際に刀が納められていたと伝わる葡萄模様蒔絵を施された黒漆塗りの刀箱は現存しているんだ。
この刀箱は、日光一文字と併せて国宝指定を受けているよ。

漆の専門家によると、作成時期は多少時代が下るらしく、江戸時代初期とみられているよ。
葡萄模様蒔絵を施された黒漆塗りの刀箱の他に、金二重桐紋透はばきが付属しているんだ。

 

 

【日光一文字の豆知識】

 

日光一文字のエピソードや豆知識をまとめてみるね。

 

 

<日光一文字という名前の由来とは?>

 

日光一文字は享保名物帳所在の名物。

日光一文字という名前の由来は、享保名物帳の記載によると日光権現社(日光二荒山神社:現在の栃木県日光市)に奉納されていた刀剣を、後北条家の創始者であり、小田原城主であった北条早雲が譲り受けて所持したことにちなんで、そう呼ばれるようになったと言われているの。

その後、日光一文字は北条家の宝刀として扱われたよ。

 

刀剣レモン
刀剣レモン
北条家の宝刀!!

 

<日光一文字を作った福岡一文字とは?>

 

日光一文字を作刀したと言われている日光一文字は、古備前派則宗が祖として銘に「一」と切ったことから「一文字」と呼ばれるようになった刀工派なんだ。
福岡一文字派は鎌倉時代に備前国(現在の岡山県東南部)で活躍したよ。

 

その当時、備前国(岡山県)には、刀身に反りが付き鎬造りとなった「日本刀」が完成した平安時代中期から室町時代末期にかけて、古備前・一文字・長船派など、多数の刀工が作刀に従事していたんだ。

備前国は、日本における最大の刀剣製作地として栄えていたんだよ。
その中でも鎌倉時代中期から末期にかけて、備前国福岡庄を中心に繁栄した「福岡一文字派」は数多くの名工を輩出し、幾多の名刀を製作しているの。
その作風は、丁子の花が爛漫と咲きほこる様を漆黒の地鉄に焼き、一世を風靡したよ。

「日光一文字」は福岡一文字を代表する典型かつ傑作で、華麗な「重花丁子乱」の刃文が特徴的。
無銘でありながら、第一級品の傑作との評価を受けているの。

 

福岡一文字派という名称は作者銘に「一」を刻んだ作があり、それに起因しているんだ。
通常、刀には手で刀身を持つ「茎」と呼ばれる部位に作者銘を刻むんだけど、皇室や社寺へ納める際には、作者銘を刻まない場合もあるの。
日光一文字に銘がないのは、日光権現社に奉納されていたことから、その可能性が考えられているよ。

 

 

<日光一文字とともに黒田如水に贈られた北条白貝・東鑑とは?>

 

日光一文字は戦国時代の武将である黒田如水(黒田官兵衛)が、北条氏直から小田原征伐の際に降伏仲介の礼として贈られたんだ。
この時、日光一文字とともに「東鑑」の一部と北条白貝が贈られているの。

では「東鑑」の一部と北条白貝とはどんなものなんだろう?まとめてみよう。

 

・「東鑑」

「東鑑」とは「互妻鏡」のことで、鎌倉時代に成立した日本の歴史書なんだ。

鎌倉幕府の初代将軍である源頼朝から第六代将軍・宗尊親王まで6代の将軍記という構成になっていて、治承4年(1180年)から文永3年(1266年)までの幕府の事績を編年体で記してあるよ。

編纂当時の権力者であった北条得宗家の側からの記述であること、あくまでも編纂当時に残る記録、伝承などからの編纂であることに注意は必要なものの、鎌倉時代研究の前提となる基本史料なんだ。
日本における武家政権の最初の記録と評されているよ。

 

黒田如水が亡くなった後、慶長9年(1604年)4月に嫡子である長政が遺物として「東鑑」の一部を献上しているんだ。

後北条氏から黒田家、徳川宗家と伝わったこの「東鑑」は、後に徳川家康により手持ちの所蔵本と合わせて編成されて、「互妻鏡」と呼ばれているよ。
現存最古の「互妻鏡」なんだ。

「互妻鏡(北条本)」は平成5年(1993年)1月20日に重要文化財に指定。
現在は国立公文書館の所蔵なんだ。

 

・北条白貝

北条白貝は法螺貝のこと。
吹鳴具としての法螺は、仏教法具として古くから使用されてきたけれど、平安時代末期以降は武士の間でも戦陣の折の合図用に盛んに用いられていたんだ。
この北条白貝は、名誉の法螺貝であり、吹口には金製の金具が付き、釣り金具の座金には藤巴文が表されているよ。

また小型の法螺貝が付属。
現在は福岡市美術館が所蔵しているんだ。

 

刀剣レモン
刀剣レモン
なるほどですな〜

 

<日光一文字が伝来した黒田家とは?>

 

黒田家は元々黒田如水の曽祖父・高政が近江国から備前国邑久郡福岡村へ移住したことに始まり、祖父・重隆が播磨国へ移り、如水・長政親子が活躍。
その活躍によって豊前国中津の領地を経て、筑前国名島へ転封した際に、名島城(現在の福岡市東区名島)が手狭になったため、新城を築城することになったんだ。

その時、築城予定地の地名が「福崎」という地名であったため、黒田如水・長政親子は黒田家の故地である備前国福岡村にちなんで「福岡城」と名付けたの。
これが筑前国福岡(福岡県福岡市)の地名の発祥なんだ。

故地・福岡への思い入れの強い黒田如水は、故地・福岡で生み出され、福岡一文字派を代表する名刀である「日光一文字」を北条氏直から贈られてたいそう喜んだと言われているよ。

 

 

<福岡藩2代藩主・黒田忠之が埋忠明寿へ製作を依頼した日光一文字の打刀拵とは?>

 

筑前福岡藩2代藩主・黒田忠之所持の時に、埋忠明寿へ注文して製作された打刀拵が附随しているんだ。

 

黒田忠之が埋忠明寿に日光一文字の打刀拵を依頼した際の注文状も残っているんだよ。
この注文状には、黒田家の名物「へし切り長谷部」の拵と少しも違わないよう、それを元に製作するように記されているんだ。

はばきは上下とも中国から輸入した純度の高い金である「印子」の無垢で、上貝は桐の透し、切羽は印子で小刻み、縁は赤銅のごめん縁、頭は角、鞘は藍鮫、栗形と返り角は角、鵐目は印子、鐺は真鍮の腐らかし。ただし、目貫・笄・小柄は黒田家から提供するとなっているよ。
細かな注文が付けられていることがよく分かるよね。

ちなみに「へし切り長谷部」の拵は黒田如水の差料であった名物「安宅切祐定」の拵を元に製作されたものなの。
つまり、この三口の刀の拵は同じデザインであったもので、作者はいずれも埋忠明寿なんだよ。

 

刀剣レモン
刀剣レモン
黒田家の名物「へし切り長谷部」を基本に注文されて作ったんだね!

 

<国宝「日光一文字」の写し>

 

国宝に指定されている名物「日光一文字」の模作は、日光二荒山神社御本殿創建(1619年)以来の大修復完遂に合わせて、実見調査・試作を繰り返し、令和元年8月に完成したの。
元の太刀は一文字派の最高傑作でそれを模作するのは至難の業であったと言われているよ。

堂々とした太刀の姿、そして高低のあるダイナミックでリズミカルな刃文に焦点を絞り、見事に豪華絢爛な作風を模しているんだ。

 

刀剣レモン
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最高傑作を模倣するのはそりゃ至難の業だよね〜

 

 

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(公式サイトより引用)

 

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