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太閤左文字 – 刀剣特集 – 日本の名刀をご紹介

 

【太閤左文字の歴史と概要】

 

太閤左文字(たいこうさもんじ)は南北朝時代に作られたとされている短刀で、日本の国宝にも指定されているんだ。
名称表記は「《短刀 銘左/筑州住》(号じゅらく)」で、聚楽左文字と呼ばれることもあるの。
現在は、広島県福山市にあるふくやま美術館が収蔵しているよ。

 

太閤左文字は、鎌倉時代末期から南北朝時代初頭に福岡博多で活躍した左文字によって作られたの。
短刀しては小ぶりなんだけど、太閤左文字は左文字作の日本刀の中でも最も出来がよいとも言われていて、左文字の作風を遺憾なく発揮した傑作なんだよ。
次に太閤左文字の来歴をまとめてみよう。

 

刀剣レモン
刀剣レモン
短刀でも国宝って、とっても綺麗な出来なんだろうなぁ!

 

<豊臣秀次>

豊臣秀次以前の来歴は不明なものの、秀次が所持していたと言われているよ。

 

<豊臣秀吉>

移動時期は豊臣秀次の生前か死後なのかは不明なものの、秀次所持の後は豊臣秀吉が太閤左文字を所持したんだ。
本阿弥光徳が秀吉蔵刀を絵図にした「光徳刀絵図」には「左文字しゆ藥 慶長十六年三月廿八日大御所様え被進之 聚楽より」と所載されているの。

 

<豊臣秀吉から徳川家康へ>

豊臣秀吉の死後、慶長16年(1611年)3月28日に豊臣秀頼が京都・二条城において上洛した徳川家康と会見した際に、豊臣秀頼から徳川家康に贈られたのが太閤左文字だったんだ。
そののちに徳川秀忠へと伝わり、秀忠はこの太閤左文字を指料としたんだ。

 

ちなみに秀頼から家康へ太閤左文字が贈られた際には、太閤左文字とともに南泉一文字の刀も贈られたよ。
そして、家康からは秀頼に左文字の刀(大左文字)と鍋藤四郎の脇指(鍋通し正宗とも言われている)が贈られたんだ。

 

<井上正就>

徳川秀忠が所有していた太閤左文字は、秀忠に仕えて功績を残した譜代大名で遠江国浜松藩主であった井上正就が拝領することになったんだ。
何時頃に伝わったのかについては不明だけれど、江戸時代初期、かなり早い段階で井上家に入ったと見られているよ。
それ以来、井上家に昭和の初めまで長く伝来したよ。
ちなみに、徳川秀忠と井上正就は、乳兄弟(正就の母が秀忠の乳母)で、井上家は遠江国浜松城主として持高は6万石だったんだ。

 

<近代>

昭和7年(1932年)、井上子爵家の売り立てに出品され太閤左文字は、わかもと製薬の長尾よねが2,680円購入したんだ。
昭和9年(1934年)1月30日に、旧国宝に指定。
昭和27年(1952年)11月22日に、新国宝に指定。

長尾家の没落に伴い太閤左文字は放出され、昭和20年代終わり頃に青山孝吉が500万円で購入、その後は青山氏所蔵となったよ。
ちなみに青山孝吉氏は、会津新藤五や江雪左文字などを所持したことでも有名な実業家なんだ。
「日本の美術 Vol.6 刀剣」佐藤寒山編(1966年至文堂)、昭和44年(1969年)の「武将とその名刀展」においても、青山孝吉氏所持。
その後、所有者は転々としたが広島の企業である株式会社エフコピの創業者・小松安弘が所持したんだ。

平成19年(2007年)からは福山市の観光振興に役立てるためにふくやま美術館へ寄託。

小松氏の逝去にともない、平成30年(2018年)11月22日に小松氏の遺志を継いだ妻・啓子が小松安弘コレクションとして太閤左文字など全14口(国宝7口、重要文化財6口、特別重要刀剣1口)を広島県福山市に寄したため、現在はふくやま美術館所蔵となっているよ。

 

 

【太閤左文字の作風】

 

<刀身>

刃長:七寸八分(23.65㎝)、元幅:2.3㎝、反り:三厘(0.1㎝)
造込みは、平造り、三ツ棟、三ツ棟の中筋広く、重ねやや厚く、ふくら枯れごころで、左文字作中ではやや小振りで、わずかに反る。
鍛えは小板目肌よくつみ、僅かに大模様の板目と流れ肌交じり、地沸が微塵に厚くつき、細かな地景入り、かねに潤いあり、つよく冴える。

刃文は、小湾れ主調に小互の目がわずかに交じり、尖りごころの刃を交え、小足入り、匂深く、小沸よくつき、処々荒めの沸がまじり、砂流し・金筋かかり、細かな湯走り入り、区際はめだって焼込みを見せ、匂口明るく冴える。

帽子は湾れこんで先突きあげて尖り、返りを中ほどまで深く焼下げ、表は棟焼状に断続的に区の辺まで連なる。
茎は生ぶで、先は浅い刃上がり栗尻となり、鑢目大筋違、目釘孔は二つ。
茎の表に「左」、裏に「筑州住」と別々に銘が切られているよ。

 

<外装>

本作には江戸時代後期の作とみられる金襴包合口腰刀拵が付属しているよ。

 

 

【太閤左文字の豆知識】

 

太閤左文字のエピソードや豆知識をまとめてみるね。

 

 

<太閤左文字の名前の由来とは?>

 

太閤左文字という号は、太閤と呼ばれた豊臣秀吉が所有していたことにちなんで付けられているよ。
ただ所蔵館であるふくやま美術館の解説によると、太閤左文字と呼ばれるようになったのは昭和時代に入ってから。

鑑定師・本阿弥光徳が豊臣秀吉の所有する刀を記録、絵図にした「光徳刀絵図」によると太閤左文字は「同じ(御物)じゅらく 七寸八分半」と注記されているの。
このことから、昭和以前は聚楽(じゅらく)と呼ばれていたと言われているよ。
豊臣秀吉は多くの名刀を所持していたんだけど、その中でも「太閤」と名の持つ刀は少ないんだ。

著名どころでは、この太閤左文字くらいなんだよ。
数ある秀吉所蔵左文字の刀の中から、なぜこの短刀に対して「太閤左文字」と呼んだのか、その理由については分かっていないんだけど、この短刀が非常に傑作であったということがよく分かるよね。

 

ちなみに秀吉と言えば「太閤」というイメージが強いけど、本来「太閤」は摂政または関白を子弟に譲った人物を指す一般名詞なんだ。
近世以降は特に豊臣秀吉をさして用いられているよね。
さらに、豊臣秀吉が「足軽」から位人臣を極めたことから、低い身分から立身出世して権力を握った人物のことを「今太閤」と呼ぶようになったんだ。

 

刀剣レモン
刀剣レモン
太閤と聞くとすぐ太閤秀吉が思い浮かびますよね〜

 

<太閤左文字を所有した井上正就とは?>

 

井上家の藩祖である井上正就は、13歳で江戸幕府二代将軍・徳川秀忠の小姓になるよ。
150石から、元和元年には遠州横須賀(現在の静岡県小笠郡大須賀町)52,500石の大名に、のし上がったんだ。

ところが、順風満帆が一変し、寛永5年8月10日、江戸城西の丸において、目付役の豊島刑部少輔正次によって、命を奪われてしまった。

 

実はこれには理由があったんだ。
正次の仲人で井上正就の嗣子・正利と、大坂堺両町奉行の島田越前守直時の娘との婚約がまとまっていたのに、正就は約を変じて山形城主・鳥居忠政の娘に乗り替えてしまったの。
直時は500石の旗本、忠政は20万石の大名であったため、月とすっぽんほどの差があったんだ。

正次は「一寸の虫には五分の魂、武士に二言はないぞ」と叫びつつ正就に斬ってかかったの。
正就はその場で落命し、止めに入った青木忠精も重傷、場内で息絶えたよ。
井上正就を斬った正次は12歳の息子とともに、翌11日に切腹を命じられ、絶家となったんだ。

 

刀剣レモン
刀剣レモン
絶家になってしまうなんて。。。

 

 

<太閤左文字を作った左文字とは?>

 

太閤左文字を作ったのは、鎌倉時代末期から南北朝時代初頭に筑前国(現在の福岡県)で活躍していた刀工・左文字(さもんじ)だよ。
左文字の本名は左安吉(さのやすよし)で、通称「左文字・左」と言うんだ。
左文字という名前はもとの名である「左衛門三郎安吉」の略号が「左」であることに起因しているの。
「左」の一文字を刀銘に切ったことからその名で呼ばれるようになったんだ。

 

左衛門三郎安吉は、相模国(現在の神奈川県)の刀工・五郎入道正宗のもとで相州伝を学び、有名な刀工・正宗の門人で、正宗十哲のひとりにも選ばれた人物なの。
相州伝の影響を受け、沸が強く覇気もあり、比較的に明るい冴えた刀身となるのが特徴だよ。

左衛門三郎は従来日本刀にあった直線的な刃文から、波打ちくっきりと浮き立つように見える刃文へと転換したことで、華やかで洗練された作風へと転換したの。
左衛門三郎安吉はそれ以後、門弟に継承され、左文字派の全盛期を築いたとされているよ。
太閤左文字は短刀として小ぶりであるものの、左文字作の中でも出来の良いもので、左文字派の作風を遺憾なく発揮した傑作なんだ。

 

 

<豊臣秀吉が愛した短刀の中で、太閤左文字の右に出るものはない!>

 

太閤左文字は左文字の特色を存分に表わし余すところがないんだ。
保存のよさでは並ぶものがあっても、出来のよさでは他の追随を許さず、左文字中の白眉と称すべきものなの。

特に太閤左文字は、地刃の冴えは抜群で、地刃に匂い勝ちの部分と、つぶらな輝く沸があって、沸の変化をいかんなく見せているの。

帽子の返りを深く、強く焼下げる様子は、この短刀に限ったことではないけれど、指表に見るような区の辺まで焼いた例は他には無いんだ。
左文字の銘字は常に細立ちであって、鏨がよくきいて伸びやかさを見て取ることができるよ。

特に、太閤左文字では、とり分けこの細立ちの銘は切れがよく、暢達なんだ。

 

刀剣レモン
刀剣レモン
うぉぉぉぉ!!
刀剣レモン
刀剣レモン
太閤左文字の右に出るものはない。上手いこと言いますな!笑

 

 

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(公式サイトより引用)

 

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