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新選組ってどんな組織だったの?新選組について詳しく解説♪ その2

 

前回は新選組ってどんな集まりなのか、隊名の由来や隊服についても解説したよね。

 

 

今回は、新選組の隊員や、なぜそんなにも強かったのか?などの疑問に迫ってみよう。

 

【厳しい規律のもと武士よりも武士らしく生きた新選組】

 

新選組は、身分や年齢を問わず志願者は誰でも参加できたんだ。
そのため、浪人、百姓、町人など色々な立場の人たちの寄せ集めだったから、そんな彼らの統制を取るには「規則」が必要だったの。

 

新選組には「士道に背くまじき事」をはじめとした5箇条の「局中法度」が有名なんだ。

この規律に関しては、5箇条が全部そろったものは発見されていないから本当のところは5箇条全てあったのかどうか?はわかっていないんだ。
ただ、新選組に、規律が実在していたのは本当で、幹部隊士にさえ規則は厳格に適用されたと言われているよ。

 

【新選組はなぜそんなにも強かったの?】

 

新選組=最強軍団というイメージが確立されているよね。
剣客がそろっていた新選組は凄く強かったんだ。
ではなぜ新選組はそれほどまでに強かったんだろう?

 

新選組では、市中見回りの際には持ち回りで最初に突入する「死番」と呼ばれる者が決まっていたんだ。
当番になった者は、急な事態にも怯まずに身を投じる覚悟ができていたと言われているよ。

 

剣の達人がそろっていたことはもちろんだけど、新選組はそれだけではなく、ありとあらゆる戦法を使って負けないように戦っていたんだって。

常に敵よりも多くの人数で襲撃をしたり、路地に誘い込んでから戦ったりと、勝つためには見栄やプライドはすべて捨てて、勝利をもぎ取る泥臭い方法で戦っていたと言われているの

勝つためには手段を選ばなかったんだね。

【新選組のメンバーとは?】

 

新選組は結成当初は隊士は13名だったけれど、その後200名を超えて大きな組織となっていったんだ。
新選組が大規模化した1865年頃には、一番隊から十番隊まであって、それぞれ伍長、兵隊士が約10名配属されていたよ。

 

新選組の体制図は以下の通り。

局長:近藤勇…
参謀:伊藤甲子太郎
副長:土方歳三
副長助勤
一番隊:沖田総司
二番隊:永倉新八
三番隊:斎藤一
四番隊:松原忠司
五番隊:武田観柳斎
六番隊:井上源三郎
七番隊:谷三十郎
八番隊:富堂平助
九番隊:鈴木三樹三郎
十番隊:原田左之助

剣客として知られていた、沖田総司、永倉新八、斎藤一が一番、二番、三番隊を仕切っていたよ。

 

【壮絶な最期を迎えた新選組・各隊隊長が多い】

 

新選組はいつも死と隣り合わせにいたわけで、壮絶な最期を迎えている人が多いんだ。
ここでは簡単に一番隊から十番隊までの隊長の最期をまとめてみよう。

 

一番隊:沖田総司

享年27歳という若さで亡くなる。
組長及び撃剣師範であった沖田総司は当時、不治の病と言われていた肺結核を患い、鳥羽伏見の戦い以降参戦できないまま病死してしまうんだ。
戦いで亡くなったのかと思いきや、意外だね。

 

二番隊:永倉新八

享年77歳。
新選組を離脱後には、精兵隊を結成。
会津藩の降伏を知って江戸へ帰還した永倉新八は、松前藩士として帰参が認められた後に、範医の杉村家へ婿養子に入るの。
晩年は、虫歯が原因で骨膜炎と敗血症を併発して亡くなってしまうよ。

 

三番隊:斎藤一

享年72歳。
敗戦が続く中でも常に最前線に出て戦い続けたよ。
終戦後は、斗南に改名転封した斗南藩の藩士となるの。
晩年は学校の撃剣師範もととめ、胃潰瘍で亡くなってしまうよ。

 

四番隊:松原忠司

享年50歳。
壬生浪士組時代からの隊士であり、1864年に病死したと言われているよ。
ただ謎が多くて本当の死因はよく分かっていないんだ。

 

五番隊:武田観柳斎

除隊を願い出て一旦新選組を離れるものの、密に倒幕活動を行っていたことがばれて暗殺されてしまうんだ。
生まれ年がはっきりしていないよ。

 

六番隊:井上源三郎

享年40年。
鳥羽・伏見の戦いで敵の銃弾を腹部に受けて戦死してしまうんだ。

 

七番隊:谷三十郎

享年34歳。
都の祇園社で死亡したことが分かっているよ。

 

八番隊:富堂平助

享年23歳。
三番隊組長の斎藤一とともに、最年少の幹部だよ。
伊東甲子太郎とともに新選組を理だ映して、御陵衛士となったの。
油小路の変で新選組に殺された伊藤甲子太郎の遺骨を引き取りに来たところを襲撃されてしまうよ。

 

九番隊:鈴木三樹三郎

享年83歳。
伊東甲子太郎の実弟である鈴木三樹三郎は、油小路事件、鳥羽伏見の戦いなどありとあらゆる戦いを潜り抜けて、老衰で亡くなったよ。

 

十番隊:原田左之助

享年29歳。
鳥羽伏見の戦いから、甲陽鎮撫隊まで新選組で戦った後、二番組長であった永倉新八と離脱し、靖兵隊を結成したの。
上野戦争で負傷したの傷が元で死亡してしまうの。

 

次は新選組のそれぞれのメンバーについて詳しくまとめてみよう。