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新撰組二番隊組長・永倉新八の愛刀は池田屋事件で切っ先が折れた?

最晩年の大正2年、札幌で撮影された永倉新八(前方中央) PD from wikipedia

幕末の最強剣客集団であった新撰組。
その中でも新撰組髄一の強さを誇り、幕末時代から明治時代まで生き抜いた新撰組隊士と言えば永倉新八だよね。

ここでは新撰組二番隊組長であった永倉新八の愛刀についてまとめてみよう。

 

 

【永倉新八の愛刀は「播州住手柄山氏繁」】

 

永倉新八と言えば、新撰組の名を世に知らしめた元治元年(1864年)に起こった池田屋事件や油小路の変、鳥羽伏見の戦いなど、数々の戦いに参戦していたよ。

常に最前線で戦っていた永倉新八の愛用していた刀は「播州住手柄山氏繁(ばんしゅうじゅうてがらやまうじしげ)」で、二尺四寸、刃長約70㎝の一振りだったんだ。
江戸時代後期の享和3年(1801年)頃に作られた名刀なんだよ。

 

黒鮫皮に黒綿巻と渋い造りであった播州住手柄山氏繁は、播磨の国・姫路出身の刀工・氏郷のもの。
氏郷は、その後白河藩・松平定信に仕え「正繁」と改名。

氏繁の日本刀の作風は、身幅が広く武骨な造りで、焼き幅の広い華やかな刃文が特徴だったの。

 

永倉新八が所持していた播州住手柄山氏繁は、銘が切られており、四代目氏繁(正繁)作と言われているよ。
手柄山という名前が縁起がよいことから、武士に人気があったとされているんだ。

永倉新八自身もそんな縁起にあやかってこの播州住手柄山氏繁を所持していたのかもしれないね。
ちなみに手柄山は現在の姫路市西南にある小山のことで、手柄山氏繁は当時、手柄山で活躍していたんだ。

 

 

【池田屋事件で切っ先部分が折れてしまった播州住手柄山氏繁】

 

池田屋事件でも永倉新八は播州住手柄山氏繁を佩刀していたんだ。
この池田屋事件で大活躍した永倉新八だけど、激闘によって播州住手柄山氏繁の帽子という切っ先の波紋部分が折れてしまったの。

戦闘のすさまじさが実証されているよね。

 

現在、播州住手柄山氏繁の行方は分からず、史料に残るのみで現存はしないんだ。

しかし、刀工の出身地である愛媛県伊予市には、永倉新八の愛刀と同じ「手柄山氏繁」作の刀が市指定文化財として保存されているよ。

 

新撰組レモン
新撰組レモン
池田屋事件は全員が生死を分ける戦いだったからね

【永倉新八の剣術流派とは?】

 

永倉新八は新撰組の中でも1位、2位を争うほどの剣術の持ち主だったんだ。

永倉新八の剣術の流派は、神道無念流で免許皆伝。

この神道無念流は、「力の剣法」と言われていて、上段からの一本を尊ぶ流派で、力強い打突などが特徴だよ。
永倉新八の得意技は「龍飛剣」
龍飛剣は、下段の構えから敵の剣を擦り上げて、返して切り落とす技なんだ。

 

新撰組レモン
新撰組レモン
必殺技の名前が龍飛剣なんてかっこよすぎでしょ!まるで漫画の世界ですね!!
新撰組レモン
新撰組レモン
神道無念流で免許皆伝の彼ならではの技だったのかもですね♪

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