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新撰組八番隊組長・藤堂平助の愛刀「上総介兼重」は新撰組の中でもっとも高価な日本刀だった?

油小路 from wikipedia

新撰組八番隊組長で最年少の幹部であった藤堂平助は、池田屋事件でも活躍した隊士の1人。
戦闘時には真っ先に敵陣に飛び込んでいくことから「魁先生」という異名を持っていたの。

また学問や政治への理念もあり、文武ともに秀でた新撰組隊士だったんだよ。
ここでは藤堂平助が愛用していた刀剣についてまとめてみよう。

 

 

【藤堂平助の愛刀「上総介兼重」とは?】

 

藤堂平助の愛用していた刀として知られているのが「上総介兼重(かずさのすけかねしげ)」だよ。
二尺四寸二分の刀で、伊勢国津藩・藤堂家の御抱え鍛冶・上総介兼重によって作られたの。

 

上総介兼重は江戸時代寛文期頃に活躍した武蔵国の刀工で、越前出身と言われているよ。
上総介兼重は和泉守兼重の子とも言われているの。

和泉守兼重の作刀が少なく、上総介兼重の作刀が比較的多く残されていることから、近年まで同一人物説もあったんだ。
しかし、上総介兼重と江戸三大康継の合作刀に「四十三歳」の銘があったことから、同一人物説に終止符が打たれたよ。

 

上総介兼重の作風の特徴は、造りこみは脇差や二尺三寸前後の刀が多く、先身幅の少ない寛文新刀姿が多いの。
互の目乱れの分、冴えた刃地、匂口と沸口がとても絶妙で、銘刀としてなど高い「虎徹」を彷彿とさせる圧倒的な存在感があったんだ。
上総介兼重は鍛えられた美しさを持った作りだったんだよ。

 

新撰組レモン
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あの名刀「虎徹」を彷彿させる「上総介兼重(かずさのすけかねしげ)」とな!!
新撰組レモン
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新撰組八番隊組長の藤堂平助の愛刀は「上総介兼重(かずさのすけかねしげ)」!!

【上総介兼重は新撰組隊士の中で最も高価な刀だったって本当?!】

 

上総介兼重は新撰組隊士の中で最も高価な刀であったと言われているの。
なんと現在の価格にすると1,000万円はすると言われている名刀なんだよ。

 

新撰組レモン
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す、すごい高価だ!!

ではなぜ、そのような高価な刀を、新撰組の中でも若い藤堂平助が所持することができたんだろう?
藤堂平助は浪人身分であったにも関わらず、これほどまでに高価な刀を所持できたのは、伊勢津藩・藤堂和泉守高猷の落胤だったからという説が有力なんだ。

 

藤堂家は武田信玄の父・武田信虎に仕えた藤堂虎高を祖とする一族なの。
江戸時代には伊勢津三十万石をおさめるほどの外様大名の由緒ある家柄だったんだ。

 

藤堂平助はこの伊勢津11代目藩主である藤堂高の落胤であったという説があって、だからこそ浪人が持てるようなものではない上総介兼重を持っていたとされているんだ。
落胤とは父親に認知されていない庶子、私生児のことで、正式な血統の一族とはみなされないため正当な系図には記載されていないことが多いよ。

落胤は一般民衆にまじって普通に生活している場合がほとんどで、当時の実力者によって正当な血統を継承する者とされて権力に利用されるケースもあるんだ。

 

 

【池田屋事件でボロボロになってしまった上総介兼重】

 

上総介兼重はかの有名な池田屋事件でも藤堂平助が帯びていたと言われている刀なんだ。

池田屋事件の後、新撰組隊士たちの刀の損傷具合を壬生の刀研師がメモした文書「源龍斎俊永覚書」があるの。

この記録によると、池田屋事件の激闘によって上総介兼重は物打(刃の真ん中より先の切っ先近く)に刃こぼれが小さく11箇所、はばき元に大きく4箇所あったそう。

修復不可能なほどの刃こぼれであったと記録されているの。

 

藤堂平助は池田屋事件において、真っ先に斬りこんだ新撰組隊士4人のうちの1人だったの。
「魁先生」と呼ばれるだけあって、やはり藤堂平助は一番に乗り込んでいるんだよね。

この池田屋事件の戦闘中、藤堂平助は額に大きな怪我を負い、流血が目に入って戦線離脱しているんだ。
ボロボロになり修復不可能となった上総介兼重は、残念ながら現存しないんだ。

 

新撰組レモン
新撰組レモン
魁先生だけに1000万円の価値のある刀でも真っ先に突っ込んで行ったんだぞ!
新撰組レモン
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上総介兼重は修復不可でなくなってしまったけどね(ズコー!!)
新撰組レモン
新撰組レモン
ま、刀は戦闘で使うものだからな!

 

 

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