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水口岡山城(古城山)

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水口岡山城(みなくちおかやまじょう)は、滋賀県甲賀市水口町に築かれた連郭式の山城。
国の史跡に指定されており、「古城山城」「岡山城」「古城」と呼ばれることもあります。

水口岡山城は羽柴秀吉が家臣の中村一氏に命じて築かせ、当時は水口城と呼ばれていました。
その後、豊臣政権で五奉行を務めた増田長盛、長束正家の2人が入城。
秀吉は東海道を押さえるために、この水口岡山城を重要視していました。

江戸時代に入ると、徳川家光が水口岡山城の近くに、新たに水口城を築城。
それを機に、水口岡山城は廃城となりました。水口城を築城するにあたって、水口岡山城の石垣を石材として利用したとも言われています。
現在水口岡山城は、城址公園として整備されており、石垣や堀切など山城遺構を見ることができます。
当時の、水口岡山城の石垣は約9mの高さがあるということが分かっています。

 

写真提供

wikipedia (PD, CC – 著作権名は画像に記載)

〒528-0005 滋賀県甲賀市水口町水口

 

・御城印の入手場所

甲賀市ひと・まち街道交流館

200円

水口岡山城は豊臣政権の地域支配の拠点として、東海道を見下ろす要衝の地に築城されました。

麓から100m高い山頂には、江戸時代の絵図に「天守」として記された広い平坦地である曲輪、櫓台、堀切が連続して配置されています。
また山腹には竪堀や帯曲輪、虎口(出入り口)などの遺構が今も地形に良く残っています。

建築時期や歴代城主からも、水口岡山城は滋賀県における代表例です。
築城から廃城までの15年の盛衰は、盛んに城が築かれた甲賀の戦国時代の終わりと、徳川政権による新たな時代の幕開けを如実に示しています。
滋賀県甲賀市にはたくさんの城跡が残っていますが、その中でも水口岡山城は甲賀の歴史が大きく転換した様相を最もよく伝えていると言われているのです。