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信貴山城

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信貴山城は奈良県生駒郡平群町信貴畑にあった山城です。
大和と河内の国境にある生駒山系に属する信貴山(433m)山上に築城された山城で、木沢長政・松永久秀の居城となりました。

本格的な城郭を築いたのは木沢長政で、大和国においては戦国期拠点城郭となったと言われています。
しかし長政が大平寺の戦いで敗死すると、信貴山城は二上山城とともに落城してしまうのでs。
その後、大和国を制圧した松永久秀は信貴山城を選んで大和支配の拠点としました。

信貴山城は、大きく分けて雄岳部分とその裾の扇型に派生した部分の2構成になります。
曲輪は110以上あり、奈良県下最大規模の中世城郭です。
本丸跡には4層の天守櫓が建っていて、日本で2番目に建造された天守で織田信長の安土城も、信貴山城の天守を参考にしたといわれています。

 

写真提供

wikipedia (PD, CC – 著作権名は画像に記載)

〒636-0923 奈良県生駒郡平群町大字信貴山1308

 

・御城印の入手場所

信貴山観光 iセンター

200円

昭和55年(1980年)に信貴山城跡から石臼と茶臼が発見されました。

また、永禄3年(1560年)に松永久秀が茶会を開催したという記録があります。
久秀が入城したのは、茶会が開かれる前年だったため、城の中で茶会が開かれたことが推測できるのです。
信貴山城にも茶室があった可能性が高いといわれています。
また久秀が拠点とした多聞城でも茶会は開催されており、久秀のと茶の湯は切っても切れない関係だったようです。

信貴山城は城郭自体の規模も大きいですが、それを構成する遺構のスケールも非常に大きいです。
松永屋敷跡を見ると圧倒的なスケールに驚くことでしょう。

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