武田信玄の名言「愚痴が出る」「人は城」の意味は?大河ドラマや演じた俳優についてもまとめ!
2020年8月5日光秀は茶会、連歌と鉄砲射撃術・運用術が得意だった?なんでもできる万能タイプの武将・明智光秀の特技とは?
2020年8月7日大河ドラマ「麒麟がくる」の主人公と言えば明智光秀だね。
昔の武将の好物は人によって違うけれど、明智光秀はいったい何が好きだったんだろう?
ここでは明智光秀の好物についてまとめてみようね。
目次
【意外にもグルメ家だったと言われている明智光秀】
戦国時代の大名の中には食にこだわっていた人がたくさんいたと言われているよ。
有名なところで言えば、徳川幕府の創設者である徳川家康の大好物といえば「天ぷら」
特に鯛の天ぷらが好きだったと言われているんだ。
独眼竜で知られている伊達政宗は料理好きの武将として知られていて、自分でよく料理を作っていたそう。
美味しい料理を知っているということは、有能な知識人であるという証拠でもあり、客人を招いてごちそうをふるまうことは自らの権力を誇示する最高のパフォーマンスにもなったそう。
現在、仙台のお土産屋さんに並んでいる「ずんだもち」は何と伊達政宗が作り出したお菓子だと言われているよ。
ずんだもちは仙台名物のお菓子として人気があるよね。
また武田信玄はアワビの煮貝が好きで、明智光秀の主君である織田信長もかなりの食通だったそう。
信長の好物は「干し柿」「みそ味の焼き鳥」で、「ワイン」「金平糖」「ビスケット」など外国からやってやってきた南蛮由来の食品も好きだったんだ。
異国の目新しい食べ物もすぐに試して、好物にするあたり、天下統一を果たした武将という感じだよね。
このように食生活にこだわっていたとされる戦国時代に生きていた戦国武将たちもまたグルメ家が多かったんだ。
織田家の出世頭として活躍し、本能寺の変では主君である織田信長を殺害して天下を取った明智光秀もまたグルメ家であったと言われているの。
【明智光秀の大好物は「粽(ちまき)」だった】
明智光秀の好物と言えば「粽(ちまき)」が有名だよ。
粽とはお餅やお米などを笹や茅萱に包んだもののこと。
戦国時代に、川端道喜という人が日本で初めて粽を考案したんだ。
現在では、粽は端午の節句(5月5月)に食べるお菓子という習慣が残っているよね。
実はこの粽は、日本発祥のお菓子ではないんだ。
中国の春秋戦国時代に活躍した楚の政治家・屈原が作ったとされているよ。
中国発祥の粽が日本に伝えられ、川端道喜が日本流に粽を考案したと言われているの。
戦国時代はまだ砂糖の流通量が少なかったため、今のような甘いお菓子のような粽ではなかった…と推測されているよ。
その当時の粽は、もち米にくるんで蒸した程度の簡素なものだったのでは?と言われているんだ。
【明智光秀と粽のエピソード】
明智光秀はどれくらい粽が好きだったんだろう?
ここでは、光秀と粽に関する面白いエピソードを紹介するね。
明智光秀はとある合戦の最中に、京都の商人達から粽を献上されたそう。
光秀は献上された粽を食べようとした時に、敵軍から鬨の声(戦場であげる声)があがったんだ。
その声を聞いて驚いた光秀、笹ごと粽を食べてしまったの。
また、本能寺の変で織田信長を殺害した数日後にも、京都の商人から粽を献上されたんだ。
この時、明智光秀は細川藤孝に援軍を依頼するも断れてしまい、筒井順慶も味方についてもらえないという八方ふさがりの状態だったの。
そんなつらい状況下で焦っていた光秀は、笹の葉でくるまれたままの粽をそのままがぶりと食べたという逸話が残っているよ。
粽を食べるエピソードがいくつも残っていることからも、光秀がいかに粽が好きだったのかがよく分かるよね。