伊勢神宮内宮から徒歩圏内!猿田彦神社のパワースポット「方位石」ってなに?

2021年6月24日

日本最古の神宮・石上神宮とは?国宝や重要文化財が多数収蔵されている?

2021年6月29日

伊勢神宮内宮から徒歩圏内!猿田彦神社のパワースポット「方位石」ってなに?

2021年6月24日

日本最古の神宮・石上神宮とは?国宝や重要文化財が多数収蔵されている?

2021年6月29日

伊勢神宮とのアクセスも抜群!夫婦岩で有名な二見興玉神社とは?

三重県伊勢市にある神社と言えば伊勢神宮が全国的に有名ですが、実は伊勢市には他にも全国的に有名な神社があるんだ。

それが「二見興玉神社」だよ。

二見興玉神社境内の磯合にある夫婦岩は観光スポットとしても人気があるため、日本全国から観光客が訪れているんだ。

ここでは二見興玉神社についてまとめてみよう。

神主うさぎ
神主うさぎ
絶景ですよ〜♪

【二見興玉神社の歴史】

二見興玉神社(ふたみおきたまじんじゃ)は三重県伊勢市二見江にある神社だよ。

御祭神に猿田彦大神と宇迦御魂大神(伊勢神宮外宮の豊受大神の別名とされる)を祀っていて、縁結び、夫婦円満、交通安全、開運などご利益があるんだ。

境内には、御祭神のお使いとされる二見蛙(無事にかえる、お金がかえる)がたくさん奉献されているよ。

二見興玉神社は明治43年(1910年)に猿田彦大神を祀る興玉社(おきたましゃ)と宇迦御魂大神を祀る三宮神社(さんぐうじんじゃ)を合祀したものなの。
その際に社名を「二見興玉神社」に改称したんだ。

興玉社の歴史は、夫婦岩に注連縄を張り、興玉神石の遙拝所を設けたのに始まると言われていて、天平年間(729年 – 748年)に僧行基が興玉神の本地垂迹として江寺を創建し、境内に興玉社を建てて鎮守社としたんだ。

その後に現在の二見浦へと遷座したよ。
一方、三宮神社は、元は現社境内の天の岩屋の中に祀られていたのが、文禄年間に岩屋の外に移されたんだ。

7月14日の例祭は「二見大祭」(しめなわ曳き)と呼ばれていて、茶屋清渚連による注連縄奉納が行われているよ。

また、5月5日、9月5日と12月中・下旬のいずれかの土・日曜日には夫婦岩の大注連縄の張り替え神事が行われているんだ。

5月21日には興玉神石付近に生える霊草の無垢塩草を刈り取る藻刈神事も行われるよ。

神主うさぎ
神主うさぎ
蛙さんがたくさんだよ〜♪
神主うさぎ
神主うさぎ
無事に帰りお金も返ってきてぇ〜♪笑

【二見興玉神社で押さえておきたいおすすめスポットとは?】

二見興玉神社は三重県では2番目に参拝者の多い神社で毎年260万人以上の人が参拝しているんだ。

ここでは二見興玉神社のおすすめスポットをまとめてみよう。

神主うさぎ
神主うさぎ
毎年260万人以上は凄いよね!!

<夫婦岩>

正面に見える夫婦岩は、二見ヶ浦のシンボルとして有名で、その沖合約700m先の海中に鎮まる御祭神・猿田彦大御神の霊石「興玉神石」と岩の間から昇る「日の大神(太陽)」を拝む鳥居の役割をしているよ。

大岩は高さ9m、周囲は44mで古生層の最下部である輝光石と緑泥片石からなり、小岩は高さ4m、周囲は10mで方解石からなり、大注連縄は35mあるの。
大岩・小岩を結ぶ大注連縄は「結界の縄」と呼ばれ、夫婦岩の向こうを海の彼方から常世神が寄りつく聖なる場所とされてきたんだ。
この仲良く並ぶ姿から「夫婦岩」と呼ばれているの。

大岩は男岩・立岩、小岩は女岩・根尻岩とも言われていて、両岩が「夫婦岩」と呼ばれるようになったのは明治以降のこと。
それまでは総称して「立石」、親しみを込めて「立石さん」と呼ばれてきたの。

この立石とは、当地が古くから立石崎と呼ばれてきたことに由来しているよ。
その立石を神門とし、興玉神石の遥拝所を設けたのが二見興玉神社の信仰の始まりでもあるの。

天気が良い明け方には夫婦岩の間から富士山を拝する事もできるんだよ。
夫婦和合と象徴として、夫婦円満や良縁成就を願って参拝する人が多いんだ。

<手水舎の「満願蛙」>

手水舎にある「満願蛙」は、水をかけると願いが叶うと言われているの。
鮮やかな緑の蛙で、水の中から顔を出していて、とってもかわいいよ。

手水舎以外にも境内のいたるところに、二見興玉神社を参拝してご利益を受けた人達が奉納したいう蛙の置物がたくさんあるんだ。

<ご本殿>

二見興玉神社のご本殿は、綺麗な緑色の屋根が印象的だよ。
参拝は「二礼、二拍手、一礼」で行うようにしよう。
お守りもたくさん並んでいて、縁結びや夫婦円満夫婦守りなどのお守りが多いよ。

また蛙にちなんだお守りも多くて、お財布に入れる小蛙や金銀蛙などが人気を集めているんだ。

蛙の「カエル」に「無事に帰る」「貸したものが還る」「お金が返る」などカエルをかけた験担ぎが多いよ。
様々なご利益がある二見興玉神社には見た目にも可愛いお守りが多いからぜひゲットしたいね。

<天の岩屋>

天の岩屋は古くは、宇迦御魂大神を岩窟内に奉祀されていた三宮神社の御遺跡。

参道の突堤のほとりに東面の岩窟があり、その岩窟は古来、宇迦御魂大神を祀った三宮神社が鎮座されていたんだ。

文禄年間には外側の境内に遷祀され、古来より日の出を拝む夫婦岩とともに日の大神がお隠れになった天の岩屋と伝えられて崇拝されているよ。

<竜宮社>

竜宮社は二見興玉神社の境内社として綿津見大神を祀っているよ。

旧暦5月15日には龍宮社例祭に合わせて郷中施神事が行われるの。郷中施神事ではきゅうり、茄子、みる、おご、まつ菜を供えて、津波より村人が助け合い復興した教訓を今に伝えているよ。

寛政4年5月15日に氏子地域である江地区が大津波によって流出し、難を逃れた家はわずか5,6軒という大被害に見舞われたんだ。
郷人たちは、困窮して「神の御加護を願う外はなし」として海の守護神と仰ぐ綿津見大神を祀るようになったの。

その後の寛保の荒浪、明治時代に起きた高潮の際には、被害を減らし、ますます信仰心が高まったんだ。

遠近の数多の崇敬者の方々から龍神さん、龍宮さんと厚い御崇敬を受けているよ。

巫女うさぎ
巫女うさぎ
津波からみんなを守ってくれる神様なんだね

【伊勢神宮を参拝する前には二見ヶ浦で禊を行う慣わしがあるの?】

伊勢神宮より車で20分程度の距離にある二見ケ浦。

伊勢神宮は外宮から内宮の順番で参拝するという決まりがあるんだけど、実は正式には伊勢神宮に参拝する前、または祭典に奉仕する前には二見ヶ浦の立石浜で禊をするのが古くからの慣わしなんだ。

二見ヶ浦は古くから心身を清めた禊場であり、海水に浸かって心身の垢を落として禊をすることを「浜参宮」と言ったの。
現在では二見興玉神社に参拝して、興玉神石から採取した無垢鹽草を受けることを「浜参宮」としているよ。

この無垢鹽草は、二見興玉神社の社務所で授かることができるんだ。
ぜひ伊勢神宮参拝前にはこの無垢鹽草をゲットしたいね。

伊勢の神領民はお木曳・お白石持ち行事や重要な地域の祭典の前にはまず二見にて浜参宮するのが第一で、古来よりの伝統が受け継がれているの。

地元の団ごとにお揃いの法被に幟を先頭に、徒歩にて二見旅館街を行進し、お木曳・お白石持ち行事に参加の意識を高揚され、連帯感の確認を行うんだ。
無垢塩祓を受け、木遣りを奉納するよ。
浜参宮は、気を引き締め、連帯感の確認をし、神聖な神宮行事に過ちがないようにするための、意義深いものと考えられているんだ。

巫女うさぎ
巫女うさぎ
伊勢神宮の前に!お伊勢参りは二見興玉神社から始まっている♪

【夫婦岩の真ん中からの御来光が見えるのは夏至、月が上がるのは冬至】

夫婦岩は写真スポットとしても人気があるんだけど、夫婦岩の真ん中から御来光が見える時期があるんだ。
それが夏至の日なんだよ。

夏至の前後、5、6、7月間は夫婦岩の間から上がる太陽を見ることができるので早朝の参拝がおすすめ。
二見興玉神社からの日の出は古くから名高く、パリのギーメ博物館に「伊勢の神聖の岩」と題した夫婦岩の油絵が掲げられているほどの世界的名勝なんだ。

また冬至の日には、この夫婦岩の真ん中から月が上るの。
そのため、冬至近くには、月を見ようと多くの人が訪れるよ。

夫婦岩では夜間のライトアップも行っていて、6月~9月は日没~午後10時まで、10月~5月は日没~午後9時まで、夏至祭の期間、年末年始~1月5日までは夜間中のライトアップを楽しむことができるんだ。
夫婦岩から拝む日の出はぜひとも一度はチャレンジしたいね。

巫女うさぎ
巫女うさぎ
この絶景がまた人気の秘密にもなっている♪

【伊勢神宮からのアクセスも良い!】

二見興玉神社から伊勢神宮の外宮までは車で20分ほどの距離なので、伊勢神宮の参拝前にも訪れやすいの。
また公共交通機関ではJR参宮線を使ってアクセスができるよ。

神主うさぎ
神主うさぎ
お伊勢参りに訪れた際には、まずは二見興玉神社に参拝してね♪
巫女うさぎ
巫女うさぎ
二見興玉神社では結婚式も出来るんだよ〜♪

 

 

【猿田彦神社・オリジナル歴史イラスト】

みちひらきの神様・猿田彦大神と、八角形の方位石に込められた信仰と歴史

三重県伊勢市宇治浦田に鎮座する猿田彦神社は、「みちひらきの神様」として知られる猿田彦大神をお祀りする神社です。伊勢神宮内宮から徒歩圏内に位置し、お伊勢参りとあわせて多くの人々が参拝に訪れています。

猿田彦大神は、『古事記』や『日本書紀』に登場する神様です。天孫降臨の神話では、天照大御神の孫である瓊瓊杵尊が地上へ降り立つ際、その道案内をした神として語り継がれています。この神話に由来し、人生の新たな出発や進むべき道を開く「みちひらき」の神様として信仰されています。

猿田彦神社の由緒には、伊勢神宮の鎮座に関する伝承も深く関わっています。神社に伝わる説明によれば、猿田彦大神の子孫とされる大田命が、倭姫命に五十鈴川上流の地を勧めたとされています。その子孫である宇治土公家は、長く伊勢神宮の祭祀に奉仕するとともに、祖神である猿田彦大神を邸内にお祀りしてきました。

境内で特に注目されるのが、拝殿正面にある八角形の石柱「方位石」です。

方位石は、かつて神殿が建てられていた場所を示す「古殿地」の石で、1936年(昭和11年)の御造営まで御神座があった特別な場所です。石の上面には方角に関係する文字が刻まれ、八角形の形状には、あらゆる方向へ道を開くという猿田彦大神の信仰が象徴されています。

方位石は、参拝者が願いを込める場所として親しまれています。ただし、特定の文字に触れることで必ず願いがかなうというものではなく、古くからの信仰文化の一つとして理解することが大切です。

猿田彦神社の本殿は、「さだひこ造り」と呼ばれる独特の建築様式を持っています。二重破風を備えた妻入りの建築で、伊勢神宮の神明造とは異なる姿が特徴です。

また、境内には天宇受売命をお祀りする佐瑠女神社があります。天宇受売命は天岩戸神話に登場し、神楽や芸能に関わる神として信仰されています。現在も芸能や技芸の向上、良縁を願う人々が参拝しています。

このほか、境内の御神田では毎年5月5日に田植えの神事「御田祭」が行われ、伝統的な衣装や田楽とともに、地域に受け継がれてきた農耕儀礼を伝えています。

今回のオリジナル歴史イラストでは、八角形の方位石を左側に大きく配置し、中央には猿田彦神社の社殿、右側には佐瑠女神社を象徴する小社を描きました。

朱色・常磐緑・淡い金茶色を基調に、日本画・透明水彩画・水墨画を融合した和紙風の表現で、みちひらきの信仰と伊勢の神社文化を表現しています。

当サイト独自のオリジナル歴史イラストです。

※本作品は猿田彦神社の歴史や建築様式、方位石の特徴を参考に制作したイメージ画です。実際の石柱の刻字、社殿の構造、境内の配置や景観を精密に再現したものではありません。