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宮島で最も大きな木造建造物!「千畳閣」と呼ばれる豊国神社は未完成の神社?!

千畳閣 豊国神社 from google

宮島と聞くと瀬戸内海に佇む世界遺産「厳島神社」が有名だけど、島内には厳島神社の他にもたくさんの魅力的な神社があるんだ。

今回は通称「千畳閣」と呼ばれている「豊国神社」についてご紹介しよう。

 

千畳閣 豊国神社 from google

 

 

【島内で最も大きい建物「豊国神社」とは?】

 

重要文化財に指定されている豊国神社は宮島の中で最も大きい木造建造物で、通称「千畳閣」と呼ばれているの。
桁行13間39.546m(約40m)、梁間8間21.091m(約21m)あり、単層本瓦葺入母屋で木造の大経堂だよ。

 

江戸時代には、交流の場や納涼の場として人々に親しまれ、大きな柱には当時の歌舞伎役者一行の名前や川柳などが記されているの。
明治時代には豊臣秀吉公と加藤清正公が祀られたんだ。
堂内には大鳥居が明治8年に建て替えられた時に使用された尺定規があるよ。

 

千畳閣 豊国神社 from google

 

【豊国神社は未完成のまま?】

 

豊国神社の建立を命じたのは豊臣秀吉公なんだ。

秀吉公は戦で亡くなった人々を供養するために、月に一度千部経を唱える経堂を建立しようと考えたよ。
千部経とは1000人の僧が同じお経を読んで、供養すること。
天正15年(1587年)に発願し、秀吉公の側近として活躍していた僧侶・安国寺恵瓊に建立を命じたの。

 

1000人の僧が入る経堂は大きくなくてはならず、同時人力で物資を運んでいたこともあって工事にかなりの年月がかかったの。
そのため建立途中の1598年に豊臣秀吉公が亡くなってしまうんだ。
豊臣公が急死してしまったため、豊国神社の御神座の上以外は天井は張られておらず、壁も未完成のまま現在に至っている珍しい神社なんだよ。

 

豊国神社は入母屋造りの大伽藍で、857畳の畳を敷くことができるの。
畳857枚分の広さがあることから通称「千畳閣」と呼ばれるようになったんだ。

 

神社側の真ん中の部分が開口されていて、そこに階段を作って厳島神社と繋ごうとしていた…という説もあるそう。
また軒瓦には金箔が押してあり、全て完成していれば桃山文化を取り入れた豪華絢爛な大経堂になっていたのでは?と言われているよ。

 

巫女レモン
巫女レモン
約千畳の広さ!

 

千畳閣 豊国神社 from google

 

【豊国神社を建立するためのお金は米一万石】

 

豊国神社は857畳の畳を敷くことができる圧倒的な広さがあるよ。
当時、豊臣秀吉公が安国寺恵瓊に、豊国神社を建てるために与えたお金は米一万石と言われているの。

米一万石は時価に換算すると、何と約7億7000万円にもなるそう。
この金額からも、豊臣秀吉公がどれだけ豊国神社の建立に力を入れていたのかが分かるよね。

 

巫女レモン
巫女レモン
約7億7000万円!?!?

 

【豊国神社の御本尊】

 

豊国神社の御本尊は

・釈迦如来
・阿難尊者
・迦葉尊者

だったんだけど明治維新の神仏分離令によって、仏像は大願寺に還され、豊臣秀吉公を祀る豊国神社となったの。

 

【豊国神社の御利益とは?】

 

豊国神社の御祭神は豊臣秀吉公。

そのため「出世のご利益」をあやかることができるよ。

またその他にも

・仕事の人間関係の工場
・人間関係の工場
・幸運招来
・良縁招来

などのご利益も得られるんだ。

秀吉公は織田家随一の人たらしと言われていて、多くの人に上手く取り入っていたそう。
その強みを活かして、出世していくごとにたくさんの優秀な家臣が配下について、最終的には日本を統一して天下人までのぼりつめたんだ。

 

神主レモン
神主レモン
豊臣秀吉公といえば出世の御利益ですね〜♪

 

【豊国神社の豆知識】

 

豊国神社に関する豆知識をまとめてみよう!

 

千畳閣 豊国神社 from google

 

<豊国神社の瓦には「王」の文字が刻まれている?>

豊国神社の瓦を見てみると実は「王」の文字が刻まれているんだ。

「王」という文字は、豊臣秀吉公を神と見立てて絶対的な権力をアピールするために、王という文字を使っていたという説があるの。
豊国神社が厳島神社を見下ろす場所に建立されたのも、秀吉公を神として崇めるためという意図もあったのでは…と言われているよ。

 

<太閤力餅が人気>

豊国神社を建てる際に大工が愛したおやつが「太閤力餅」なんだ。
当時、神社を建てる際にはとても難工事だったそう。
そこで大工が休憩時のおやつとして食べていたのがこの小餅なの。

 

きな粉をまぶした小餅は、過酷な力仕事の栄養源となる食べ物だったそう。
小餅を口にするたびに大工たちは「太閤力餅」と呼んで、秀吉公に感謝を表していたと言われているの。

 

ちなみにこの「太閤力持ち」の味を今も受け継いでいるお店が豊国神社近くにある「塔之岡茶屋」なんだ。
塔之岡茶屋の力餅は、きな粉をまぶしたお餅の上に砂糖が乗っていて、砂糖ときなこ餅を絡めて食べるとちょうどよい甘さになるの。
弾力のあるお餅はボリュームもあるよ。

 

<紅葉シーズンは人気スポット>

豊国神社の857畳の大経堂と、隣に建つ五重塔は秋の紅葉シーズンの絶景スポットとして知られているよ。
857畳もの壮大さと五重塔、さらに紅葉の景色で訪れる人々を魅了してくれるんだ。

 

【豊国神社の見どころを徹底解説!】

 

未完成の神社として知られる豊国神社(千畳閣)の見どころをまとめてみよう。

<屋根>

豊国神社は、工事が未完成のまま終わっているため、天井も壁も板が張られていないの。
そのため開放感がとてもあるんだ。

 

縁側まで出て上を見上げてみると、屋根を支えるたくさんの支柱があって、その豪快さを目の当たりにできるよ。
母屋から出た部分の屋根を支える目的であったと考えられているよ。
支柱を用いる工法は、秀吉公が関係した建造物で多く見られる造りなんだ。

 

<瓦>

豊国神社の軒丸瓦には「王」の文字が刻まれているよ。

軒丸瓦は、一番外側に葺かれる瓦のことで、そこに「王」の文字を刻むことで天下統一を成し遂げた秀吉公は、絶対的な権力をアピールしたかったのではと言われているよ。
また瓦には金箔も施されていて、とても豪華なんだ。

 

<床板>

足元に目線を落としてみると、床板が二重になっているんだ。
床板は厚さが約10㎝もある丈夫な造りになっているよ。

この厚みは海風によって削られたり傷ついたりした、元々の床板を補強するために板を重ね合わせたからなの。
宮島の岬に立つ豊国神社ならではの工夫が感じられるよね。

 

千畳閣 豊国神社 from google

 

<しゃもじ>

豊国神社の中には特大サイズのしゃもじが飾られているよ。
しゃもじは宮島の名産物であり、「ご飯をすくいとる」から「勝利をすくいとる」にかけて、戦勝祈願で奉納されたんだ。
豊国神社内の柱が傷んでいるのは、戦勝祈願で柱にしゃもじを打ち付けていたからなんだって。

 

<絵馬>

豊国神社には、厳島神社に奉納されたたくさんの絵馬が飾られているよ。
厳島神社は日本三大絵馬奉納所だから、多くの絵馬が奉納されるんだ。
江戸時代に奉納された絵馬や、厳島神社の景観が描かれている絵馬もあるよ。

 

神主レモン
神主レモン
各所にいろんな工夫が見られますね♪

 

千畳閣 豊国神社 from google

 

【豊国神社のお隣に建つ「五重塔」】

 

豊国神社の隣には国の重要文化財に指定されている「五重塔」が立っているよ。
高さは27.6mで応永14年(1407年)に建立。
外観のみ見学することができるの。

 

桧皮葺で和様・唐様を融合した見事な建造で、内部は彩色がしてあって豪華絢爛な造りなんだ。
内陣の天井には龍、外陣の天井には葡萄唐草の模様が描かれているよ。

 

千畳閣 豊国神社 from google

 

また壁板には迦陵頻伽や鳳凰が極彩色で描かれているの。
五重塔の特徴が、2層目までで止まっている心柱なんだ。
この心柱は強風に耐えられる構造となっているよ。
本尊の釈迦如来・普賢菩薩・文殊菩薩は、明治の神仏分離で大願寺へ移されたの。

 

見どころは和様と唐様の建築様式が巧みに合わさっているところ。
和様は鎌倉時代より前から日本で用いられてきた建築様式で、五重塔の屋根裏には屋根を支える垂木が平行に並んでいるんだ。
これは和様の特徴であり、唐様であれば垂木は放射線状に広がる形をしているの。

 

また唐様の特徴として、軒反りと呼ばれる屋根の形状があるよ。
五重塔の屋根は反り上がる形をしていて、中は完全に唐様になっているんだ。

 

巫女レモン
巫女レモン
五重塔も立派です〜♪

 

【豊国神社の住所とアクセス】

 

住所

〒739-0588 広島県廿日市市宮島町1−1

 

アクセス

宮島棧橋から徒歩で10分