日本三大神宮・鹿島神宮は伊勢神宮よりも歴史が古い?
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2021年8月2日
全国に約600ある鹿島神社の総本社である鹿島神宮の境内はとにかく広大なんだ。
敷地面積は約70ヘクタールもあり、約21万坪、東京ドーム15個分がすっぽりと入る広さになるよ。
この広大な境内にはたくさんの見どころがあるんだ。
今回は日本三大神宮の1つである鹿島神宮のおすすめスポットをまとめてみよう。
【鹿島神宮のおすすめスポットを解説】
鹿島神宮を参拝した時に、ぜひともチェックしておきたいスポットをご紹介しますね。
<入口の大鳥居>
入口にある大きな鳥居は2011年3月の東日本大震災で倒壊してしまったんだ。
倒壊してしまった鳥居を再建するために、境内にある樹齢250~600年の選りすぐりの杉の御神木を4本使って、2014年6月に建て直されたものなんだよ。
上に横たわる笠木が樹齢約600年、2本目の貫は250年、2本の柱は樹齢500年の古木なんだ。
<日本三大楼門>
鹿島神宮の大きな楼門は日本三大楼門であり、朱色がとても鮮やかなんだ。
この楼門は、寛永11年(1634年)に水戸藩初代藩主・徳川頼房が奉納したものなの。
現在は国の重要文化財に指定。
徳川家三代将軍・徳川家光が病に倒れた際には、徳川頼房が鹿島神宮に祈願したところ、家光の容態が回復し、そのお礼に寄進したと言われているんだ。
「鹿嶋社楼門再興次第記」によると、浅草の水戸藩下屋敷で130余人の大工が切組み、船筏で運んで組み立てたそう。
作られた当初は、檜皮葺と白木だったけど、昭和15年(1940年)の大修理の際に防虫効果のある丹塗りが施され、昭和40年(1965年)に火災防止のために屋根は銅板に葺き替えられたよ。
その美しい姿から、福岡市にある筥崎宮、熊本県阿蘇市にある阿蘇神社とともに、「日本三大楼門」の1つとして数えられているんだ。
楼門にある「鹿島神宮」の文字は東郷平八郎の直筆で、額は約1畳分もの大きさがあるよ。
楼門をくぐって振り返ると左右には不思議な切り株のようなオブジェがあるんだ。
このオブジェは境内に生えていた御神木の倒木を利用して作られたもので、2012年に設置されたよ。
<拝殿・本殿・石の間・幣殿>
楼門をくぐると右手には拝殿・本殿があるよ。
拝殿の奥は幣殿、石の間と続いていて、一番奥に本殿があるの。
そして本殿の背後には御神木の杉の木があって、高さ約43m、樹齢は1300年と言われているんだ。
屋根の造りは檜皮葺で、本殿の極彩色の装飾は日光東照宮に似ているよ。
現在の鹿島神宮の社殿は本殿、石の間、幣殿、拝殿の4棟からなっていて、元和5年(1619年)、徳川二代将軍・秀忠に寄進したもの。
秀忠と言えば、父親の徳川家康を祀るために造った日光東照宮が有名だよね。
鹿島神宮の社殿は、日光東照宮から2年後に同じ方法で建造されたんだ。
現在、国の重要文化財に指定されているの。
本殿は参道からみて一番奥にある三間社流造の建物で、御祭神の武甕槌大神をお祀りしているよ。
拝殿は手前に見える建物であり、正式参拝や結婚式の際には上がることができるんだ。
<仮殿>
仮殿は元和4年(1618年)に、社殿造営のため徳川2代将軍・秀忠が奉納したもの。
まずこの仮殿に神様をお遷ししてから、旧本殿を奥宮まで曳いていき、その跡地に新しい社殿を造営したんだ。
江戸時代は楼門を入った真正面にあった仮殿だけど、その後2回の移動で現在の場所にうつったよ。
<神聖なパワースポット「奥宮」>
奥宮はかつての本殿で、屋根の前が長く、後ろが短い三間社流造になっている社殿だよ。
鹿島神宮に祈願した後、関ヶ原の戦いで勝利を収めた徳川家康によって慶長10年(1605年)に御礼として奉納されたものなんだ。
当初は、現在の本殿の場所にあったんだけど、その後の造営の際にそのまま引き移されたの。
奥宮は森の中にひっそりと佇み、厳かな空気に包まれているので、よりいっそう神々しく見えるよ。
奥宮に向かって300mほど伸びる奥参道は鬱蒼とした巨木に覆われていて、荘厳な雰囲気を醸し出しているんだ。
この奥参道では毎年5月1日に流鏑馬神事が執り行われるよ。
<要石(かなめいし)>
寛政5年(1793年)、宮城県沖で大地震が発生したの。
この地震は東北地方に大きな被害をもたらしたんだけど、幸い関東地方には影響がほとんどなく、人々は鹿島神宮の地下深くに埋まっている「要石」が、震源となるナマズを抑えてくれたのだと考えたそう。
その要石は、水戸藩2代藩主・徳川光圀公がどこまで深く埋まっているのか確かめようと7日7晩にわたって掘らせたものの、いつまで経っても辿り着くことができなかったという逸話も残っているんだ。
底が掘れないばかりか、怪我人が続出したために掘ることを諦めたと「黄門仁徳録」に記されているよ。
鹿島神宮には奥宮から少し行ったところに、大鯰の碑もあるんだ。
鯰(なまず)の上に乗っている神様は、「要石」の象徴だよ。
<御手洗池(みたらいいけ)>
御手洗池は古くから参拝する前に禊(みそぎ)を行っていた場所として使われていたそう。
子供が入っても、大人が入っても同じ胸の高さに水面が来ることから、七不思議の1つにも数えられているんだ。
現在も毎年、年始には200人もの人々が寒空の下、大寒禊を行っているよ。
御手洗池の水温は年間を通して13度程度で、1日に約40万ℓもの清水が湧き出ているんだ。
清水は、池の底が見渡せるほど透き通っていて、透明度の高さがよくわかるよ。
見ているだけでもなんだか神聖な気持ちになるの。
この湧き水は、億の斜面で自由に汲んで持ち帰ることもできるんだ。
なんだか鹿島神宮のパワーがいただけそうな気持ちなるね。
ちなみにこちらの湧き水はそのまま飲むのではなく、煮沸してから飲むようにしよう。
<鹿園>
国譲り神話において、鹿の神である天迦久神(あめのかくのかみ)が、天照大御神の命を鹿島神宮の御祭神である武甕槌大神に伝える重要な役割を担ったことから、現在でも鹿が神の使いとして大切にされているの。
また、奈良に春日大社を創建する際も、鹿島の神様の御分霊を鹿の背中に乗せていったと伝えられているよ。
その道中には江戸川区「鹿骨」など鹿に関する地名が今も残っているんだ。
鹿島神宮にある鹿園には、現在25頭の鹿が飼育されており、フェンス越しにエサをやることもできるよ。
<摂社 高房社>
武甕槌大神の葦原中国平定に、最後まで服従しなかった天香香背男を抑えるのに、大きく貢献した建葉槌神が御祭神を祀っているよ。
古くから、まず摂社 高房社を参拝してから、鹿島神宮・本宮を参拝する習わしがあるんだ。
<末社 大黒社>
明治以降に鎮座された比較的新しい社で、夏越祓の日、西瓜を供えて参拝する習わしがあるよ。
<摂社 三笠社>
鹿島神宮が鎮座する三笠山の地守の神をお祀りしているよ。
<鏡石>
本殿裏にある直径80cmほどの円形の石。
要石と比べると無名に近い石だけど、本殿と御神木を結ぶ一直線上にあり、磐境の一種との見方もあるんだ。
<二郎杉>
境内で2番目に大きな杉。
高さ40m、樹齢は700年と言われているよ。
<樹叢>
鹿島神宮の樹叢は、茨城県指定の天然記念物なんだ。
広大な森には杉以外にも、シイ・タブ・モミの巨樹が生い茂っていて、その種類は600種以上にもなるよ。
生育南限と北限の植物が混ざっているのも、大きな特徴の1つなの。