京都刀剣御朱印めぐりの「粟田神社」は天下五剣「三日月宗近」に関わりがある!?
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2024年3月17日京都にある刀剣にゆかりのある4つの神社では不定期で「京都刀剣御朱印めぐり」を実施しているよ。
京都刀剣御朱印めぐりでは、京都にある4つの神社「建勲神社・粟田神社・豊国神社・藤森神社」で刀剣御朱印を授与することができるの。
今回は京都刀剣御朱印めぐりをしている「藤森神社」の魅力についてまとめてみよう。
目次
【藤森神社は「菖蒲の節句」の発祥地!競馬ファンにも人気が高い!】
JR「藤森駅」から徒歩5分の場所にある藤森神社は「菖蒲の節句」の発祥の地として知られているよ。
現在でも毎年5月1日~5日に菖蒲の節句である「藤森祭」が開催されていて、各家々に飾られる武者人形には藤森の神様が宿ると言われているの。
「菖蒲」は「尚武」に通じて、「尚武」は「勝負」に通じることから、「勝運を呼ぶ神」として信仰を集めてきたんだ。
また藤森神社は馬の神様としても有名で、馬主や騎手など競馬関係者や競馬ファンからも絶大な人気を誇る神社なの。
境内には神馬像や絵馬、馬みくじなど馬にまつわるものがたくさんあるよ。
【藤森神社の歴史】
藤森神社は摂政3年(203年)に、近代日本における女将軍の象徴とされる神功皇后がこの地を聖地として選んで兵具を納めた後、戦勝を祈願する神社として信仰を集めてきたんだ。
皇室ともゆかりの深い古社なんだよ。
【藤森神社のご利益】
藤森神社には文武両道の神様が以下の十二柱祀られているよ。
古くから、勝運、学問、馬の神様として信仰されてきたんだ。
・素盞鳴命(すさのおのみこと)
・別雷命 (わけいかずちのみこと)
・日本武尊 (やまとたけるのみこと)
・応神天皇 (おうじんてんのう)
・仁徳天皇 (にんとくてんのう)
・神功皇后 (じんぐうこうごう)
・武内宿禰 (たけのうちのすくね)
・舎人親王 (とねりしんのう)
・天武天皇 (てんむてんのう)
・早良親王 (さわらしんのう)
・伊豫親王 (いよしんのう)
・井上内親王(いがみないしんのう)
勝負運・学問成就のご利益にあやかれるよ。
【藤森祭は見どころがたくさん】
藤森神社は菖蒲の節句の発祥地として有名で、毎年5月5日に藤森祭が執り行われるんだ。
桓武天皇の弟・早良親王は藤森神社を崇敬していて、天応元年(781年)に蒙古征討将軍として出陣する際には戦勝を祈願されたそう。
その日が5月5日だったと伝わっているんだ。
藤森祭の1番の見どころと言えば「駈馬神事(かけうましんじ)」だよ。
駈馬神事では、境内に設けられた約200mのコースを馬で疾走しながら、曲技を披露する神事なんだ。
馬上で披露される曲技を見るために、全国からたくさんの参拝客が訪れるの。
【紫陽花の名所としても有名】
藤森神社は京都随一の紫陽花の名所としても有名なの。
6月~7月頃になると境内に色とりどりの紫陽花が約3,500株咲き乱れるよ。
この時期には「紫陽花まつり」も開催されるから、たくさんの参拝客が訪れるんだ。
期間中の土日には蹴鞠、太鼓、雅楽などの奉納行事も見ることができるよ。
【藤森神社のゆかりの刀とは?】
藤森神社にゆかりのある刀剣は「鶴丸国永」(つるまるくになが)だよ。
境内の一角には全国の刀剣女子から寄せられた鶴丸国永グッズが多数展示されているコーナーもあるの。
「鶴丸国永の聖地」として刀剣女子から人気を集めているよ。
鶴丸国永についてまとめてみよう。
<織田信長の愛刀のひとつ「鶴丸国永」とは?>
鶴丸国永は、平安時代に山城国で活躍した刀工・五条国永が作刀した刀剣だよ。
五条国永が作刀した刀剣の中でも最高傑作と謳われる名刀なんだ。
鶴丸国永は様々な場所や人のもとを渡り歩いた刀で、一時期は織田信長の愛刀の1つでもあったそう。
その後の伝来は不明な点が多いものの、江戸時代になってから藤森神社を代表する神事「藤森祭」の際に鶴丸国永が貸し出されたという記録が残っているの。
鶴丸という名の由来は不明とされているの。
かつて刀身が収められていた太刀拵に、蒔絵で鶴の紋様が施されていたことによると伝えられているもの、この太刀拵は現存していないんだ。
<現在は鶴丸国永の写しを見ることができる>
鶴丸国永は織田信長や伊達家などを渡り歩き、現在、御物(皇室の私有品)として宮内庁が管理しているの。
そのため直接、鶴丸国永を見ることができるチャンスはほとんどないんだ。
けれど、2017年に現代刀匠の藤安将平氏によって写し(鶴丸国永に似せて作られた刀)が奉納されたため、宝物殿で拝観できる機会もあるよ。
【藤森神社の授与品・御朱印とは?】
藤森神社の授与品・御朱印についてまとめてみよう。
<授与品>
・神宮大麻
・藤森大麻
・特別大麻
・厄除開運
・駈馬守
・勝馬祈願札・勝馬守
・勝馬守
・勝馬純金守
・勾玉ストラップ守
・左馬ストラップ守
・舎人学業守
・うまくいく御守
・金守
・必勝合格守
・学業守
・福馬守
・普通守
・交通安全守
・安産守
・腰痛除け守
・厄除守
・病気平癒守
・七福神守
・透かし彫り守
・水晶ブレスレット
・扇子
・マスキングテープ(太刀「鶴丸」奉納記念授与品)
・クリアファイル(太刀「鶴丸」奉納記念授与品)
・勝馬祈願絵馬
・学芸成就絵馬
・干支絵馬
藤森神社にはたくさんの種類の御守りがあるよ。
「駈馬守」や「勝馬守」は競馬ファンの参拝客から人気のある御守りなんだ。
願いが叶う「水晶ブレスレット」や御守り袋のポケットから馬が顔をのぞかせている「福馬守」は、刀剣女子から人気があるよ。
また新たな授与品として「扇子」と「透かし彫り守」があるの。
鶴丸の金印を押印したシンプルなデザインの「扇子」と、藤紋を透かした勝運と鶴紋を透かした恋愛成就の2種類の「透かし彫り守」も要チェック!
<御朱印>
・藤森大神の御朱印
・鶴丸国永の御朱印
・鶴丸国永特別御朱印(京都刀剣御朱印めぐり)
・紫陽花の御朱印(季節限定)
御朱印帳は、淡い藤色、紺色、白色の3種類があるよ。
御朱印帳袋は、鶴柄で白色と紺色の2色展開なんだ。
【藤森神社の境内おすすめスポットを解説】
藤森神社を訪れたらチェックしておきたいおすすめスポットをまとめてみよう。
<鳥居>
江戸時代、正徳元年(1711年)の銘がある石造りの鳥居。
この鳥居にはかつて、後水尾天皇 宸筆の額が掲げてあったそう。
そのため、西国大名参勤交代で各大名が神社の前を通る時には、駕籠から降りて拝礼をしてから通行していたんだって。
しかし幕末時代に、新選組の近藤勇が「このような悠長な事はしていられない!」と額を外したと伝わっているの。
<本殿>
藤森神社の本殿は、正徳2年(1712年)中御門天皇より賜った賢所で、現存する賢所としては最も古いんだ。
賢所とは皇位継承の証である三種の神器のひとつ、皇祖・天照大御神の御霊代として祀られる八咫鏡が奉斎されている宮中の御殿のことなの。
本殿は東殿・本殿中央・西殿の三座から成っていて、近隣にあった諸社が合肥されて12柱の御祭神が祀られているよ。
・本殿中央
本殿中央の御祭神は素盞鳴命、別雷命、日本武尊、応神天皇、仁徳天皇、神功皇后、武内宿禰の七柱。
・本殿東殿
本殿東殿の御祭神は、舎人親王、天武天皇の二柱。
舎人親王は、天武天皇の皇子で、日本書紀の撰者でもあるの。
また、弓矢の秘法を伝えるなど武道にも優れた文武両道の神様なんだ。
皇室や藤原一門、武家からも崇敬されているよ。
・本殿西殿
本殿西殿の御祭神は、早良親王、伊豫親王、井上内親王の三柱。
<末社・大将軍社>
本殿の後方にあるのが、藤森神社の末社である大将軍者・八幡宮だよ。
社殿は重要文化財にも指定されていて、永享10年(1438年)の建築当初は本殿と並んで一列に建っていたそう。
大将軍社の御祭神は「磐長姫命」で、 永享10年(1438年)に将軍・足利義教によって造営されたの。
桓武天皇が平安遷都をされた時には、都の四方に大将軍社が祀られたんだ。
南方の守護神として祀られたのがこの大将軍社で、古くから「方除けの神様」として崇敬を集めているよ。
<神鎧像>
武者人形の象徴として建立された像
<手水鉢>
藤森神社の手水鉢の台として使われている石は、石川五右衛門が宇治浮島にある十三重の塔から拝借したものだという言い伝えがあるの。
<宝物殿>
宝物殿には、藤森神社に伝わる武具を中心にコレクション100点余りが常設展示されているよ。
鎧、刀剣、大筒、弓、銃器、武士のたしなみの品である茶室用脇差、笄など様々なものがあるんだ。
また馬と関係が深い神社であることから、馬をモチーフにした国内外の民芸品コレクションや、鶴丸国永関連のキャラクターグッズも併設展示されているの。
競馬ファン、刀剣女子は必見だね!
・紫絲威大鎧(重要文化財)
宝物殿に展示されている重要文化財「紫絲威大鎧」は、南北朝時代に高貴な武将が着用していた鎧。
手が込んでいて、細部まで丁寧に作り込まれているよ。
【藤森神社の住所とアクセス】
住所
京都府京都市伏見区深草鳥居崎町609
アクセス
■京阪墨染駅下車徒歩7分
■JR藤森駅下車徒歩5分
■市バス藤森神社前下車公式サイトより引用