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2021年10月28日奈良県桜井市にある談山神社は「西の日光」と呼ばれ紅葉シーズンには多くの参拝客でにぎわう、奈良屈指の人気の神社だよ。
また、世界で唯一の木造十三重塔があることでも知られているんだ。
ここでは談山神社の魅力に迫ってみよう。
目次
【談山神社とは?】
談山神社(だんざんじんじゃ)は奈良県桜井市にある神社で、飛鳥の東方にそびえる多武峰(とうのみね)の山中に佇んでいるよ。
神仏分離以前は「多武峯妙楽寺」と称するお寺と一体になっていたものの、神仏分離令後、神社だけが残ったんだ。
境内には、桜と楓が多く、春は桜、初夏は新緑、秋は紅葉と季節ごとに素晴らしい景色を楽しむことができ「関西の日光」と言われているの。
【大化の改新の談合の地として知られる談山神社】
その昔、飛鳥の法隆寺で行われた蹴鞠会で出会った中大兄皇子と中臣鎌足は、西暦645年の5月、藤の花が咲く頃に、談山神社本殿の裏山であった多武峰に上り、「大化の改新」の極秘談合をしたと言われているんだ。
そこで、皇極二代の天皇の世に、国の政治を欲しいままにしていた蘇我蝦夷・入鹿の親子を討伐し、政治を改革しようと密談したそう。
『多武峰縁起』によると、「中大兄皇子、中臣鎌足連に言って日く。鞍作くらつくり(蘇我入鹿)の暴逆をいかにせん。願わくは奇策を陳のべよと。中臣連、皇子を将ひきいて城東の倉橋山の峰に登り、藤花の下に撥乱反正の謀を談ず。」と記されているの。
多武峰はその後、「談所ヶ森」「談い山」「談所が森」と呼ばれるようになり、大化の改新・設合の地の伝承が残っているの。
これが、神社社号の起こりとなっているんだよ。
【藤原鎌足を祀っている談山神社の歴史】
談山神社の御祭神は、藤原鎌足なんだ。
藤原鎌足公の没後、御墓は摂津国・阿威山(現在の大阪府高槻市)に造られよ。
しかし、白鳳7年(678年)に唐より帰国した長男・定慧和尚が鎌足公の遺骨の一部を多武峯山頂に改葬し、木造十三重塔と講堂を建立。
「妙楽寺」と称され、大宝元年(701年)、弟の藤原不比等が方三丈の神殿を建て鎌足公の御神像を安置し、これが談山神社の始まりと言われているの。
【談山神社のけまり祭】
談山神社の御祭神である藤原鎌足公は、蹴鞠会の席で中大兄皇子(のちの天智天皇)と出会い、共に大化の改新を成し遂げたよ。
その故事に基づいて、談山神社では春と秋に「けまり祭」を開催しているんだ。
けまり祭では、本物のけまり装束を着付けして、本物のけまりを蹴れる「けまり体験」や、けまり装束を着付けして境内を散策できる「けまり装束着付け体験」などがあるの。
神職が、談山神社の歴史やけまりのルールについても丁寧に説明してくれるそう。
【談山神社の摂社・東殿恋神社は縁結びにご利益がある?!】
談山神社の摂社である東殿は、縁結びの神社「恋神社」として知られているんだ。
境内には、「鏡女王恋絵馬」や「えんむすび守」など縁結びにまつわる絵馬やお守りを授かることができるよ。
縁結びにおすすめのスポットをまとめてみるね。
<参道「恋の道」>
拝殿下の鳥居をくぐると、談山神社へと続く「恋の道」があるよ。
古来より縁結び信仰があり、縁結びの神様として祀られている鏡女王は、万葉の歌人・額田王の姉で、情熱的な恋歌を残した歌人だったんだ。
鏡女王は、藤原鎌足公の妻であり、不比等の生母として伝えられているよ。
鏡女王は、女性として幸せな一生を送ったことから、鏡女王を祀った東殿は「恋神社」と呼ばれるようになったそう。
<むすびの岩座>
神が宿ると言われる「むすびの岩座」は、自然のパワーを感じることができるパワースポット。
岩座には神が宿ると言われており、古来より神の宿る岩をなでながら「むすびの願い事」を祈願するのがよいとされているの。
願いを込めてなでてみよう!
<摂社・東殿「恋神社」>
恋神社は「若宮」とも呼ばれ、元和5年(1619年)に造替された談山神社本殿を、寛文8年(1668年)に移築したもの。
鏡女王を祀る恋神社は、恋愛や結婚はもちろん、よりよい人間関係を結ぶご利益があると言われているんだ。
鏡女王恋絵馬には、絵馬の裏面に恋の願い事を書くと、願いが叶うそう。
・恋神社の祈願の仕方
1、本殿正面から参拝する
2、時計まわりに回って、本殿背後から参拝する
3、ぐるりと回って正面に戻り、また参拝する
三度参拝することで、祈願がより深まると言われているよ。
【談山神社の見どころスポットを解説♪】
談山神社にはたくさんの見どころがあるよ。
ここでは談山神社に行ったらぜひともチェックしておきたい、おすすめスポットをまとめてみよう。
<末社・総社本殿(重要文化財)>
延長4年(926年)の勧請 で、天神地祇・八百万神を祀っている日本最古の総社。
現在する本殿は、寛文8年(1668年)に造替された談山神社本殿を、寛保2年(1742年)に移築したものだよ。
<末社・総社拝殿(重要文化財)>
寛文8年(1668年)の造営。
談山神社の拝殿を縮小・簡略化した様式をしていて、正面・背面に唐破風をもつ美麗な建造物なんだ。
内外部の小壁には、狩野永納筆の壁画が残っていて、「山静」の落款も見られるよ。
<神廟拝所 (重要文化財)>
神廟拝所は藤原鎌足公の長子・定慧和尚が白鳳8年(679年)に、父の供養のために創建した妙楽寺の講堂。
塔の正面には、仏堂をつくる伽藍の特色を持っていて、内部壁面には羅漢と天女の像が描かれているよ。
現存するものは寛文8年(1668年)に再建されたものなんだ。
<末社・比叡神社本殿(重要文化財)>
末社・比叡神社本殿は、寛永4年(1627年)に造営された一間社流造、千鳥破風、軒唐破風付。
桧皮葺小社ながら豪華な様式を持つよ。
もともとは飛鳥の大原にあった大原宮で、ここに移築し明治維新までは「山王宮」と呼ばれていたそう。
<談山神社・本殿(重要文化財)>
藤原鎌足公を祀っている旧・別格官幣社。
大宝元年(701年) の創建で、「聖霊院」「多武峯社」 とも呼ばれているよ。
現在の本殿は嘉永3年(1850年)に造替されたもので、三間社隅木入春日造、朱塗極彩色の豪華絢爛な様式をしているんだ。
<談山神社・拝殿・楼門・東西透廊(重要文化財)>
朱塗の舞台造拝殿は永正17年(1520年)に造営されたもの。
中央の天井は伽羅香木でつくられていて、折れ曲る東西透廊は本殿を囲む特異な形態を持ち、檜皮葺の屋根が美しいよ。
<権殿(重要文化財)>
天禄元年(970年)摂政右大臣・藤原伊尹の立願によって創建された常行堂。
藤原伊尹の実弟・如覚が阿弥陀像を安置したお堂で、ここで室町の頃盛行した芸能「延年舞」が行われたんだ。
現存するものは室町時代後期に再建されたもの。
権殿は建立以来、500年の時を経て大修理を終え、平成時代に再生したよ。
権殿では、室町時代より舞やお能が演じられ「伝統と革新」の芸能を競い合ってきた歴史があるんだ。
古典芸能・現代舞踊・音楽・絵画・写真・彫刻・陶芸・映画・演劇・歌謡・落語・漫才・文学・詩などに携わる人たちの守り神としても有名なの。
芸能上達を祈る「祈りの場」としても知られていて、多くの方が参拝するよ。
<木造十三重塔(重要文化財)>
木造十三重塔は藤原鎌足を弔うために、藤原鎌足公の長子・定慧和尚が白鳳7年(678年)に創建した塔。
談山神社のシンボルであり、現存している建物は、室町時代の享禄5年 (1532年)に再建されたものなんだ。
木造十三重塔としては現存世界唯一の貴重な建造物なの。
<奈良交通 談山神社バス停>
曲がりくねった坂道を上ると、談山神社前に到着するよ。
大宇陀方面の山々が展望できるビュースポットなんだ。
<東宝庫・西宝庫(重要文化財)>
本殿に向って左右に位置する校倉の造りの二つの宝庫。
元和5年(1619年)に造営されたものだよ。
文化財の宝庫として知られる談山神社古来の名宝を収蔵してきたんだ。
<菴羅樹(カリンの原種)>
藤原錄足公の長子・定慧和尚が唐の国より持ち帰ったとされる霊木。
<石燈籠>
後醍醐天皇が寄進されたという石燈籠。
<けまりの庭>
中臣鎌足と中大兄皇子の出会いのきっかけとなった「けまり」をした場所とされる。
この2人の出会いが大化の改新につながったというのはなんとも感慨深いね。
<閼伽井屋(あかいや)重要文化財>
屋根はこけら葺で江戸時代の元和5年 (1619年)に造営されたもの。
この中の井戸は、「摩尼法井」と呼ばれていて、定慧和尚が法華経を講じたとき龍王が出現したと伝えられているよ。
<厄割り石の「改新玉」>
1、1個目の瓦割り改新玉に3回行きを吹きかけ、厄を移す。(体に関わる厄についてはその部位に瓦割り改新玉を当てる)
2、厄割り改新玉を厄割り石の真上にそっと落とす(割れずに落ちた玉は拾わない)
3、2個目の瓦割り改新玉にお願いを込める。(1回目と同じように玉に3回息を吹きかける)
4、厄割り改新玉を厄割り石の真上にそっと落とす。(割れずに落ちた玉は拾わない)
【「西の日光」と呼ばれる談山神社は紅葉&桜の名所】
談山神社は「西の日光」と呼ばれるほど、紅葉や桜の名所として知られているんだ。
もみじの紅葉は11月中旬~12月上旬が見ごろで、境内一帯のもみじの紅葉が、壮麗な朱塗りの十三重塔に華を添えるよ。
多武峰の深い木立が全体的に紅葉する様子はとっても見ごたえがあるんだ。
遠方からも多くの観光客が訪れる紅葉スポットなんだよ。
また桜の時期には、境内や周辺にある約500本の小つづみ桜が咲き乱れるよ。
見頃は4月上旬~5月中旬になるの。
住所
奈良県桜井市多武峰319
アクセス
【車をご利用の場合】
西名阪自動車道「天理IC」から約30キロ
【バスをご利用の場合】
桜井市コミュニティバス多武峰線18「談山神社」下車スグ
(桜井駅からバスで27分 / 終点下車から徒歩で3分 )

【談山神社・オリジナル歴史イラスト】
藤原鎌足と大化改新の伝承、木造十三重塔と紅葉が彩る多武峰の歴史
奈良県桜井市多武峰(とうのみね)に鎮座する談山神社(たんざんじんじゃ)は、藤原氏の祖として知られる藤原鎌足を祀る神社です。山深い境内には、現存する木造十三重塔として唯一とされる重要文化財の十三重塔をはじめ、数多くの歴史的建造物が残されています。
談山神社の名前は、中大兄皇子と中臣鎌足が政治改革について密談したと伝わる故事に由来します。
神社の由緒によると、二人は飛鳥の法興寺で開かれた蹴鞠会で出会い、その後、多武峰の山中で蘇我入鹿を討つ計画について話し合ったと伝えられています。
この密談の舞台とされる場所は「談い山(かたらいやま)」と呼ばれるようになり、のちの談山神社の社名につながったとされています。
皇極天皇4年(645年)、中大兄皇子と中臣鎌足らは蘇我入鹿を討ち、乙巳の変を起こしました。これを契機として、古代日本の政治制度を大きく変える大化の改新が進められていきます。
ただし、多武峰での密談は『多武峰縁起』などに伝えられるものであり、その具体的な場所や会談の詳細が史実として確定しているわけではありません。
藤原鎌足が669年に亡くなった後、長男の定慧和尚が父の供養のため、多武峰に十三重塔と講堂を建立したと伝えられています。これが多武峯妙楽寺の始まりとされ、701年には藤原不比等が鎌足を祀る神殿を建立したという由緒が残されています。
現在の談山神社は神社ですが、かつては妙楽寺と一体となった神仏習合の聖地でした。明治時代の神仏分離によって寺院としての性格が失われ、神社となりました。
境内の象徴である木造十三重塔は、室町時代の享禄5年(1532年)に再建された建造物です。
十三層の屋根が規則正しく重なる独特の姿を持ち、檜皮葺の屋根と木造建築の美しい組み合わせが特徴です。国の重要文化財に指定され、神仏習合の歴史を伝える貴重な建築遺産となっています。
また、藤原鎌足を祀る本殿は嘉永3年(1850年)に造替された重要文化財です。朱塗りと極彩色の装飾を施した華やかな社殿は、三間社隅木入春日造という特徴的な建築様式を伝えています。
舞台造りの拝殿や楼門、東西透廊、かつての妙楽寺講堂であった神廟拝所なども、談山神社の歴史を知るうえで欠かせない見どころです。
境内では、鎌足と中大兄皇子の出会いの伝承にちなむ「けまり祭」も行われ、古代の蹴鞠文化を現代に伝えています。
さらに、談山神社は「西の日光」と称される紅葉の名所としても有名です。秋には周囲のカエデやモミジが赤や橙色に染まり、十三重塔や朱塗りの社殿と鮮やかな景観を生み出します。
今回のオリジナル歴史イラストでは、談山神社を象徴する木造十三重塔を画面左側に大きく描き、右側には朱塗りの社殿を配置しました。
画面右上には、中臣鎌足と中大兄皇子による密談の伝承を象徴する創作的な人物場面を取り入れています。
周囲には多武峰の山並みと秋の紅葉を広げ、朱色・常磐緑・淡金色を基調に、日本画・透明水彩画・水墨画を融合した和紙風の歴史イラストに仕上げました。
本作品は、当サイト独自のオリジナル歴史イラストです。
※歴史資料を参考に制作したイメージ画であり、実際の十三重塔や社殿の建築細部、境内の配置を精密に再現したものではありません。また、密談の場面は神社に伝わる伝承を題材とした創作表現であり、歴史的に確認された出来事の再現ではありません。





