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夏目漱石の小説にも登場!鎌倉・円覚寺には関東最大の鐘がある!!

鎌倉を代表する古刹である円覚寺は、鎌倉四大寺の1つとして知られているよ。

鎌倉五山第二位という高い寺格を持つ円覚寺の魅力に迫ってみよう。

お坊さんうさぎ
お坊さんうさぎ
鎌倉四大寺は今まで3つ紹介してきたね!

【円覚寺とは?】

円覚寺は臨済宗円覚寺の大本山で、正式名称は瑞鹿山 円覚興聖禅寺(ずいろくさん えんがくこうしょうぜんじ)」と言うよ。

鎌倉五山第二位という高い格式を持つよ。
同じく北鎌倉エリアにある鎌倉四大寺の1つである建長寺とともに、鎌倉禅宗を代表するお寺で、古くから地元の人に親しまれてきたんだ。

ちなみに鎌倉五山とは、鎌倉時代に中国の五山制度に倣って鎌倉の禅寺に設けられた五代官寺のことなの。

この鎌倉五山は、鎌倉で最も高い格式を持った禅宗の寺院であり、第一位から順に

・建長寺(第一位)
・円覚寺(第二位)
・寿福寺(第三位)
・浄智寺(第四位)
・浄妙寺(第五位)

の五寺を指すよ。

お坊さんうさぎ
お坊さんうさぎ
なるほどなるほど〜♪

【円覚寺の名前の由来は?】

円覚寺という名前の由来は、1277年(建治3年)北条時宗が建長寺にいた蘭渓道隆を迎えて寺を創建しよう寺域を掘ったところ、大乗経典の「円覚経」が入った石櫃(いしびつ)が出土したためと言われているよ。

また、正式名称の瑞鹿山 円覚興聖禅寺の「瑞鹿山」という山号は、仏殿開堂落慶の時に「無学祖元禅師」の法話を聞こうと白い鹿がたくさん集まってきたためと言い伝えられているんだ。

お坊さんうさぎ
お坊さんうさぎ
白い鹿なんて見たことないですよね〜神聖な鹿さんだ♪

【円覚寺の歴史】

円覚寺は1282年に創建された由緒あるお寺なんだ。

鎌倉幕府8代執権だった北条時宗が中国の宋から無学祖元禅師を招き、鎌倉時代後半に起きた、文永の役(1274年)や弘安の役(1281年)の元寇襲来(モンゴル帝国・元の侵略戦争)で亡くなった日本軍、元軍の大勢の人たちを弔うために創建されたの。

鶴岡八幡宮の八幡大神がシラサギに化け、円覚寺の白鷺池へ案内したことから、現在の地に創建されたという言い伝えも残っているんだ。
この円覚寺は、建長寺の北方で鎌倉の北入口に位置しているので、外敵の侵入を阻止するために、見張りの役目もあったそう。
創建当時は、現在の北鎌倉駅や鎌倉街道も一帯が円覚寺の境内だったの。

お坊さんうさぎ
お坊さんうさぎ
創建時はそんなに大きかったんですね!!

北条氏や朝廷、幕府から帰依を受けた円覚寺は、鎌倉時代末期に伽藍が整備されたよ。
その後、室町時代や江戸時代には火災に遭い、勢いが弱まる時代もあったんだ。

しかし、江戸時代後期には大用国師が、僧堂や山門などを復興。
現在の円覚寺の基本を造り上げたとされているよ。
近代に入り明治時代以降には、今北洪川老師や釈宗演老師が多くの人材を育てあげていて、現在でもたくさんの座禅会が開かれているの。

また円覚寺は鎌倉でも寺宝が多いお寺として知られているんだ。
無学祖元や北条時宗に関するものの他にも、仏画、仏像、工芸など多数あるんだ。
円覚寺にある寺宝は普段は公開されていないんだけど、毎年11月3日前後に行われる「宝物風入れ」の際にその大部分が公開されるよ。

【夏目漱石の作品にも登場する円覚寺】

実は夏目漱石も円覚寺を訪れたことがあると言われているよ。
夏目漱石の小説「門」では、主人公が鎌倉の禅寺を訪ねて坐禅をするという話があるんだ。

その描写は若き日に漱石が円覚寺で坐禅した経験を踏まえたものだと言われているの。
夏目漱石の他にも、島崎藤村、有島武郎など多くの文士の創作の舞台となったことが伝わっているよ。

お坊さんうさぎ
お坊さんうさぎ
著名な文学人たちが円覚寺で坐禅をして禅を知り、構想を得たのかもしれませんね!

【円覚寺の見どころを徹底解説】

北鎌倉エリアを代表するお寺である円覚寺にはたくさんの見どころがあるんだ。
ここでは、円覚寺を訪れたらぜひともチェックしておきたいおすすめスポットをまとめてみよう。

<総門>

円覚寺の総門は北鎌倉の玄関ともいえるよ。
北鎌倉駅を降りて1分の場所にある総門は、北鎌倉の待ち合わせスポットとしてもにぎわっているの。

秋には鎌倉でも有数の紅葉スポットになるんだ。
総門には後光厳天皇筆で山号の「瑞鹿山」の額が掛かっているよ。

<三門(山門)>

円覚寺のシンボルとも言える三門は、総門から石段を上がると見えてくるよ。
現在の三門は1783年に再建されたもので、「円覚興聖禅寺」の額は伏見上皇によるものなんだ。

格式高い二重門式となっていて、楼上には観音像、十六羅漢像などが安置されているよ。
この三門は三解脱(空・無相・無願)を象徴すると言われていて、煩悩や執着を取り払って仏殿に至る門とされているの。

<仏殿>

仏殿には円覚寺の御本尊・宝冠釈迦如来坐像が祀られているよ。
正式名は「大光明宝殿」と言い、仏殿の正面の文字は後光厳上皇直筆の写しなんだ。

関東大震災で倒壊したものの、1964年(昭和39年)に再建。
仏殿は禅宗様式の七堂伽藍の中心に位置する建物で、様々な行事や毎朝行われる坐禅が行われているよ。

・宝冠釈迦如来坐像

仏殿に鎮座する宝冠釈迦如来坐像は、髪を頭上で大きく結び、宝冠と胸飾りをまとった豪華絢爛な装飾が目を惹く巨大な本尊だよ。
威風に満ちたおごそかなたたずまいは圧巻で、頭部のみ鎌倉時代の作品なんだ。
胴体部分は消失し、江戸時代初期に補造されたもの。

華厳経の世界を説く姿から別名「華厳の釈迦(盧遮那仏)」とも言われているよ。

・白龍の図

仏殿の天井には白龍の図が見られるよ。
この白龍の図は、文化勲章受章者である前田青邨監修、守屋多々志揮毫作の三爪の龍図なんだ。

<舎利殿(国宝)>

舎利殿は神奈川県で唯一の国宝建造物。

1285年(弘安8年)に北条貞時によって創建されたものの、1563年(永禄6年)に焼失。
現在の建物は、尼五山の第一位と言われた大平寺の仏殿だった建物を15世紀頃に移築したものなんだ。

柿葺きの華麗な建物で、鎌倉時代に中国から伝えられた唐様建築を代表する、最も美しい建物として国宝に指定されているよ。

舎利殿は普段は一般には非公開になっているものの、正月や5月連休には期間限定で一般公開されるの。
ぜひ一般公開される期間を狙って参拝したいね。

この舎利殿には源実朝が宋の請来した「佛牙舎利」というお釈迦様の歯が祀られているよ。

<洪鐘(おおがね・国宝)>

洪鐘は鎌倉三大鐘の1つで、関東で最大の大きさを誇るよ。

その大きさは高さ259.5㎝で、円覚寺の開基・北条時宗の子で、第9代執権の北条貞時が1301年(正安3年)に国家安泰を祈願して物部国光に造らせたものなんだ。
鎌倉時代の代表的な名鐘の1つである洪鐘はぜひとも見ておきたいね。

<弁天堂>

江ノ島弁財天の加護によって洪鐘の鋳造が完成したと伝えられていて、その弁財天を祀るお堂が「弁天堂」なんだ。
北条貞時が洪鐘とあわせて弁天堂を建立し、鎮守としたよ。

<方丈>

住職の居住する建物とされている方丈には約100体もの小さな観音像が並んでいるの。
ここを参ることで、100か所の観音詣でのご利益があるとされているよ。

また方丈には美しい庭園もあり、中に上がることもできるので人気のスポットなんだ。
6月には方丈までの道端にたくさんの紫陽花が咲き並ぶのでとっても綺麗だよ。

<妙香池>

国史跡名勝にもなっている妙香池は、門前にある白鷺池の同様に創建当初から存在する方丈池だよ。

1335年(建武2年)の境内絵図には妙香池が描かれているの。
2000年(平成12年)には江戸時代初期の絵図に基づいて、大裏庭園と合致した自然の姿に復元。

向こう岸にある岩は「虎頭岩」と呼ばれていて、この谷を切り開いた時に露出した岩盤をそのまま残したものなんだ。
むき出しになった地層の重なりが虎模様に見えることからそう呼ばれるようになったよ。

<居士林>

居士林とは禅を志す在家のための坐禅道場のこと。
居士とは一般の在家修行者を指すの。

東京・牛込にあった柳生流の剣道場が、1928年(昭和3年)に寄贈され、移築されたもの。
現在も毎週土曜日にこの居士林で一般向けの坐禅会が開催されているよ。
また秋には美しい紅葉スポットにもなるんだ。

<選仏場>

坐禅道場である選仏場は、1699年(元禄12年)に建立。
南北朝時代の作品と言われる薬師如来が安置されているよ。

お坊さんうさぎ
お坊さんうさぎ
鎌倉四大寺!円覚寺もたくさんの見どころ満載ですね♪
お坊さんうさぎ
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鎌倉四大寺を順に訪れるのも素敵ですね〜♪

【住所とアクセス】

住所

神奈川県鎌倉市山ノ内409

アクセス

電車の場合

東京/横浜より:JR横須賀線「北鎌倉駅」下車徒歩1分

バスの場合

鎌倉駅発江ノ電バス「大船駅行」、「上大岡駅行」または「本郷台駅」行き「北鎌倉駅」バス停下車徒歩1分

車の場合

横浜・横須賀道路「朝比奈インター」をおり20分

 

 

 

 

【鎌倉・円覚寺と国宝洪鐘のオリジナル歴史イラスト】

鎌倉五山第二位の禅寺と、北条時宗・夏目漱石ゆかりの歴史を伝える国宝の大鐘

神奈川県鎌倉市山ノ内にある円覚寺(えんがくじ)は、正式名称を瑞鹿山円覚興聖禅寺といい、臨済宗円覚寺派の大本山です。鎌倉五山第二位の格式を持ち、建長寺とともに鎌倉を代表する禅宗寺院として知られています。

円覚寺は弘安5年(1282年)、鎌倉幕府第8代執権・北条時宗によって創建されました。開山には中国・宋から渡来した高僧、無学祖元が迎えられています。

創建の大きな目的は、文永11年(1274年)と弘安4年(1281年)の二度にわたる元寇で亡くなった人々を、敵味方の区別なく弔うことでした。

寺名は、寺域を整備した際に大乗経典の『円覚経』が入った石櫃が出土したという伝承に由来します。また、開山の無学祖元が説法を行った際、白い鹿が集まってきたという故事から「瑞鹿山」の山号が付けられたと伝えられています。

境内の象徴である三門は、天明3年(1783年)に再建された壮麗な二重門です。「三解脱門」の意味を持ち、仏教における空・無相・無願の三つの解脱を象徴しています。

円覚寺には、二つの国宝が伝えられています。

一つは、室町時代中期の禅宗様建築を代表する国宝・舎利殿です。かつて鎌倉に存在した太平寺の仏殿を移築したもので、屋根の美しい反りや扇垂木など、禅宗建築の特徴を今に伝えています。

舎利殿には、鎌倉幕府第3代将軍・源実朝が宋から請来したと伝わる仏牙舎利が安置されています。

もう一つの国宝が、今回のアイキャッチの主役である「洪鐘(おおがね)」です。

洪鐘は正安3年(1301年)、第9代執権・北条貞時が国家安泰を祈願し、鋳物師の物部国光に鋳造させた巨大な梵鐘です。

高さ約259.5センチメートルを誇り、関東最大の梵鐘として知られています。鐘の表面には「皇帝万歳」「国泰民安」などの銘文が刻まれ、鎌倉時代後期の高度な鋳造技術を伝えています。

洪鐘の近くには弁天堂があり、江ノ島弁財天の加護によって鐘の鋳造が完成したという伝承も残されています。

円覚寺は近代文学との関わりも深い寺院です。

明治27年(1894年)の暮れ、若き日の夏目漱石は円覚寺の塔頭・帰源院に滞在し、釈宗演のもとで参禅しました。この体験は、後に発表された小説『門』にも反映されたとされています。

境内にはこのほか、妙香池や白鷺池、方丈、仏殿、選仏場などがあり、四季折々の自然と禅の文化を感じることができます。

今回のオリジナル歴史イラストでは、国宝・洪鐘を画面左側に大きく配置し、右側には円覚寺を象徴する三門を描きました。

背景には禅宗様の堂宇と鎌倉の山並みを配し、右上には夏目漱石の参禅をイメージした創作的な人物像を取り入れています。

紫鼠・苔色・金茶を基調に、秋の紅葉を組み合わせ、日本画・透明水彩画・水墨画を融合した和紙風の歴史イラストに仕上げました。

本作品は、当サイト独自のオリジナル歴史イラストです。

※歴史資料を参考に制作したイメージ画であり、実際の三門、洪鐘、舎利殿の建築細部や境内の位置関係を精密に再現したものではありません。また、夏目漱石を象徴する人物像は創作表現です。