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縁切り寺・駆け込み寺として知られる鎌倉・東慶寺では写経や挿し花など様々な体験ができる!

北鎌倉エリアにある東慶寺は、鎌倉で有名な「縁切り寺」として知られているよ。

ここでは東慶寺の魅力に迫ってみよう。

【東慶寺とは?】

東慶寺は鎌倉時代の弘安8年(1285年)に北条時宗の夫人である覚山志道尼が開いた臨済宗円覚寺派の寺院だよ。
北条時宗の菩提を弔うために、その子・貞時を開基としたの。

第5世用堂尼の入寺以後は、松ヶ岡御所としょうされ、寺格の高い尼寺としてその名を馳せるようになったよ。
かつては男子禁制の寺として、寺への出入りが厳しく取り締まわれていたんだけど、戦後は花の寺として境内を整備し、現在では多くの参拝客が訪れる人気のお寺なんだ。

近年には西田幾多郎、鈴木大拙、高見順、小林秀雄等著名人の墓苑があって、映画の舞台撮影場所にも使われたの。

お坊さんうさぎ
お坊さんうさぎ
駆込み女と駆出し男!!大泉洋さん主演で面白い映画でしたね♪
お坊さんうさぎ
お坊さんうさぎ
当時はこの階段を必死に駆け上がったのだろうか。。。

花の寺として境内を整備した東慶寺では、2月には梅、3月には花モクレン、4月には桜、6月の岩たばこ・岩がらみ、花菖蒲、紫陽花など多種多様な花が咲き誇るよ。
2月の梅の時期には130本もの梅が境内に咲き乱れ、鎌倉随一の梅スポットとして人気なんだ。

お坊さんうさぎ
お坊さんうさぎ
梅の開花時は絶景ですね!!

【東慶寺は悪縁を切れる「縁切り寺」として有名】

東慶寺は古くから悪縁を絶ち切れる「縁切り寺」「駆け込み寺」として知られているんだ。
女性から離婚できなかった封建時代に、東慶寺に駆け込めば離縁ができると、離縁を求める女性たちがこぞって東慶寺に駆け込んだそう。

このお寺で3年ほどお経を読んだり、和裁をしたり修行をすることで離婚を成立することができ、再婚することも可能だったの。
つまり今でいう家庭裁判所のような役割も果たしていて、女性の心強い味方で、たくさんの女性を助けたんだよ。

豊臣秀吉の娘・天秀尼が入山すると、徳川家康によって「縁切寺法」は認められ、東慶寺は「女人救済のお寺」として、建立当初から明治4年(1871年)に至るまで600年間にわたって縁切りの寺法を引き継いだんだ。
その後、縁切りの寺法は廃止になり、尼寺としての歴史は明治35年に閉じたよ。
現在は禅寺となっていて、世界的禅文化の発展に尽力したことで有名なの。

お坊さんうさぎ
お坊さんうさぎ
昔は離縁するにも大変だったのです。。。あ、今もですが。。。
お坊さんうさぎ
お坊さんうさぎ
家庭裁判所のような役割だったなら、とても頼られたんだろうね
お坊さんうさぎ
お坊さんうさぎ
三下半,,,

【東慶寺の見どころスポットを徹底解説】

東慶寺はこじんまりとしたお寺だけど、見どころはたくさんあるんだ。
ここでは、 東慶寺を訪れた時にはぜひともチェックしておきたいおすすめスポットをまとめてみるね。

<山門>

階段をのぼったところにある東慶寺の山門は茅葺きが美しいの。
山門からは円覚寺鐘楼の茶屋など北鎌倉の豊かな自然を望むことができるよ。
6月の紫陽花時期になると、山門の左右にはたくさんの紫陽花が咲き乱れるスポットなんだ。

※2026年に唐門形式の新三門への建て替え工事が行われました。

<金仏>

東慶寺のシンボルと言われているのが、境内にある小ぶりな仏様「金仏」だよ。
東慶寺の金仏を背景にどの季節でも季節の花を堪能できるのが、東慶寺の魅力の1つ。
6月頃には、金仏の後ろに花菖蒲が咲き乱れるよ。

現在は一般参拝者による境内撮影は禁止されているから注意だよ。

<本堂>

本尊の釈迦如来坐像(鎌倉市指定文化財)を祀っている本堂「泰平殿」は、関東大震災後に佐藤禅忠師が寄進、1935年(昭和10年)に建立したもの。
美しい宝形造の屋根が特徴だよ。

桜の季節には、枝垂れ桜と宝形造の屋根の美しい光景を見ることができるの。
本尊の釈迦如来坐像は、寄木造り、玉眼入りの木造釈迦如来坐像だよ。

<鐘楼>

山門からまっすぐに伸びる石畳の参道の左にある東慶寺の鐘楼は、釈宗演老師の居士である神津猛氏が、持ち山の材木を寄進して、大正5年に建立したもの。
天井に描かれている龍の原画は松岡宝蔵で常設展示されているよ。

梵鐘は観応元年(1350年)の補陀落寺のもので神奈川県指定文化財指定。
元弘2年(1332年)に作られた、元の梵鐘は現在韮山の本立寺にあるんだ。

<寒雲亭>

斉藤利助翁の尽力により、昭和35年(1960年)、堀越家から寄進、移築された裏千家ゆかりの茶室。
千宗旦筆「寒雲」の扁額がかかっていて、真行草の天井、櫛形の欄間のある名席だよ。
平成6年(1994年)には露地を含め、大改修が行われたんだ。

<書院>

関東大震災で倒壊したものを大正14年に復興。
非公開の書院の格天井には十六菊家紋を描いていて、第5世用堂尼以来の御所寺の面影を残しているよ。

<宝物館「松ヶ岡宝蔵」>

宝物館「松ヶ岡宝蔵」には東慶寺伝来の寺宝が展示されているよ。
ここには縁切り寺の歴史を伝える寺法書や呼び出し状、駆け込みの実例を記録した松ヶ岡日記などを見ることができるの。

<水月観音菩薩半跏像(神奈川県指定文化財)>

神奈川県指定文化財である水月観音菩薩半跏像は像高34.0㎝の木造で、水辺に坐して水面に映る月を眺める姿をしていることから「水月観音」の名で呼ばれているの。
岩にもたれてくつろいでいる姿は、鎌倉一の美仏と言われていて一見の価値あり。

このような姿の観音像は水墨画に多く、中国の宋から元時代に大流行したんだけど、日本では鎌倉周辺でしか見ることができないそう。
かつては室町時代あるいは南北朝時代の作とされていたけれど、頭髪や衣の写実的な表現が見事なことから、鎌倉時代の13世紀作とされているよ。

柔和で慈悲深いお貌は、 まるで苦悩の全てを包み込んでくださるよう。
水月観音菩薩半跏像は本堂の隣にある水月堂に祀られているから、事前予約と特別拝観料が必要になるから注意してね。
事前予約することで日に2回の特別拝観(300円の特別拝観料)に参加することができるよ。

<水月堂>

水月観音菩薩半跏像を祀るお堂。
関東大震災後、鎌倉国宝館に仮寓していた観音像を祀るために昭和34年(1959年)に、東大久保にあった加賀前田家の持仏堂を移築したもの。

<墓苑>

松岡宝蔵を過ぎて、小さな観音様の石像を右手に見ると、背の高い木々が増えてくるよ。
そこから先は歴代住職、檀信徒の墓苑となっているんだ。
男僧住持となった明治以降、特に釈宗演老師の高徳を慕った各界著名な方の墓が多く存在するよ。

<白木蓮>

そばに白木蓮がたつことから名づけられた立札茶室。
写経や挿し花、貸会場として多目的に使用。

【東慶寺では様々な体験ができる】

東慶寺では境内で様々な体験ができるよ。
それぞれの体験をまとめてみよう。

<写経体験>

東慶寺では誰でも気軽に写経体験ができるんだ。
本堂を出て石畳をさらに進むと、左側に写経会場である白蓮舎があるの。

写経は9時~14時(受付は12時まで)まで行っていて、1回1,500円で事前予約も必要なし。
筆は自宅から持参してもOKだし、当日500円で購入することもできるよ。
準備も必要ないから、気軽に参加できるね。

写経は元々僧侶が行う行為とされていたんだけど、近年では祈願成就や故人の供養、趣味として楽しむ人も増えてきているの。
東慶寺で行われる写経体験は300文字程度の般若心経を書き写すというものだから、初心者でもチャレンジしやすいね。

14時までの時間内であれば好きなだけ時間をかけて問題ないそう。
所要時間は1~2時間程度が目安だよ。
姿勢を正して、呼吸を落ち着かせてゆっくりと心をこめて書き写せば、心が清らかになりそうだね。

<香道>

本物の香木を使用した数種類の香りを聞き分け、その同異を当てる競技形式の「組香」が体験できるよ。
毎月第2日曜日に開催されている香道の参加費は5,000円。

<茶道>

茶室におけるお客の作法、お抹茶やお菓子のいただき方を学ぶことができるよ。
毎月1回参加費用は5,000円(定員10名)でお茶の心得がない方を対象にした教室だから、気軽に参加できるの。

<挿し花>

色で考えたり、線で考えたりしながら花を生ける時の基礎知識を学習できる挿し花の体験教室だよ。
偶数月の第4土曜日に行われていて参加費は5,000円(定員10名)

お坊さんうさぎ
お坊さんうさぎ
どれも日本の伝統文化を学べる!!
お坊さんうさぎ
お坊さんうさぎ
厳かな雰囲気で知らないことを体験するのも楽しいですね♪

【東慶寺の住所とアクセス】

住所

神奈川県鎌倉市山ノ内1367

アクセス

JR横須賀線 北鎌倉駅 徒歩4分

 

 

 

 

【鎌倉・東慶寺と縁切り寺の歴史・オリジナル歴史イラスト】

女性を守った駆け込み寺の歴史と、四季の花々に包まれた北鎌倉の禅寺

神奈川県鎌倉市山ノ内にある東慶寺(とうけいじ)は、松岡山の山号を持つ臨済宗円覚寺派の寺院です。

かつては女性の離縁を認める「縁切り寺」「駆け込み寺」として知られ、約600年にわたって女性たちを救済してきた歴史を持っています。

東慶寺は鎌倉時代の弘安8年(1285年)、鎌倉幕府第8代執権・北条時宗の妻である覚山志道尼(かくさんしどうに)によって開創されました。

開基は時宗の子で、後に第9代執権となる北条貞時です。

覚山尼は夫・時宗の死後、女性が自ら離縁を求めることが難しかった当時の社会において、苦境にある女性たちを救済するため、独特の縁切寺法を定めたと伝えられています。

江戸時代には、夫からの離婚が認められない女性が東慶寺へ駆け込み、一定期間寺で生活することによって離縁を成立させる仕組みが整えられていました。

寺に入った女性は、読経や裁縫などを行いながら生活し、離縁に向けた手続きを進めました。

寺法では三年間の寺入りが原則とされましたが、後には満二年に相当する期間へと改められました。また、寺の仲介によって話し合いで離縁が成立する場合もありました。

東慶寺は単に悪縁を断つ信仰の場所ではなく、女性の立場を守る社会的な役割を担っていた寺院だったのです。

東慶寺は歴史上、格式の高い尼寺としても知られていました。

南北朝時代には、後醍醐天皇の皇女である用堂尼が第五世住職となり、「松ヶ岡御所」とも呼ばれるようになりました。

その後、鎌倉尼五山第二位に位置づけられ、皇室や武家とのつながりを持つ寺院として発展しました。

江戸時代初期には、豊臣秀頼の娘が徳川家康の孫・千姫の養女となって入寺し、第二十世住職の天秀尼となりました。

天秀尼の時代には幕府の庇護も厚くなり、縁切寺法が維持されるなど、東慶寺は女人救済の寺院として重要な役割を果たしました。

しかし、明治時代になると社会制度の変化や廃仏毀釈の影響を受け、明治4年(1871年)に縁切寺法は廃止されました。

さらに明治35年(1902年)には尼寺としての歴史が終わり、現在につながる禅寺へと変わっていきました。

明治38年(1905年)には禅僧・釈宗演が入寺して寺院の復興に尽力し、近代禅文化の発展においても重要な役割を果たしました。

境内には、哲学者の西田幾多郎、仏教学者の鈴木大拙、作家の高見順や小林秀雄など、近代日本の思想・文学に関わった人々の墓所も残されています。

東慶寺は、女性の救済という社会的な歴史だけでなく、四季折々の花々が美しい「花の寺」としても親しまれています。

早春には梅、春にはハクモクレンや桜、初夏にはイワタバコやイワガラミ、花菖蒲、紫陽花などが境内を彩ります。

北鎌倉の山々に囲まれた静かな境内には、石畳の参道や本堂、鐘楼、歴史ある茶室などが点在し、禅寺らしい落ち着いた景観が広がっています。

東慶寺では写経や坐禅会、挿し花など、日本の伝統文化に触れる催しも行われています。

写経では『般若心経』や『延命十句観音経』を書き写すことができ、禅寺で心静かに過ごす時間を体験できます。

なお、各催しの開催日や参加条件は変更される場合があるため、訪問前に公式サイトでの確認が必要です。

また、東慶寺では2022年6月から一般参拝者による境内での写真・動画撮影を禁止しています。寺院の静けさと自然環境を守るため、参拝の際にはこの方針を尊重することが大切です。

今回のオリジナル歴史イラストでは、女性たちの救済の場となった東慶寺の歴史を主題に、和装の女性が寺院へ向かう象徴的な姿を描きました。

背景には北鎌倉の緑豊かな寺院の風景を配置し、梅や紫陽花、花菖蒲など、東慶寺を代表する季節の花々を添えています。

画面右側には、現代の東慶寺で親しまれている写経と挿し花を象徴する意匠を取り入れ、女性を守ってきた寺院の歴史と現在の禅文化を一枚にまとめました。

紫鼠・苔色・金茶を基調に、日本画・透明水彩画・水墨画を融合した和紙風の歴史イラストに仕上げています。

本作品は、当サイト独自のオリジナル歴史イラストです。

※歴史資料を参考に制作したイメージ画であり、実際の寺院建築、参道、境内の配置を精密に再現したものではありません。描かれている女性は歴史を象徴する架空の人物です。四季の花々も、異なる季節の風景を一枚に組み合わせた創作表現です。